7-4-1-3. 権利の衝突
権利が実効性をもつには、関係者に、それを守る義務が課せられていなくてはならない。権利を有する者の利益の享受の自由と、義務を負うものの負担(苦痛)・責任が対立的となる。権利を認めるのであれば、いやいやではあれ、それを実現する義務を担う者は、責任をもち負担を背負わねばならないことになる。だが、その義務が不当な負担と思う者は、責任を負うことをやめ権利者と対立的になることも生じる。さらには、それだけでは済まず、義務を負う方が自分の義務負担を否定するために、対抗的な権利をもってすることもある。権利と権利が衝突することになる。喫煙に関して、一方は、嫌煙権を主張し、他方は喫煙権をいった。
どんな事柄であっても、対立する者同士は、普通、自分の主張を正当(right)と思うから、それを当然で重み・威力のあるもの、権利(right)だと主張できるであろう。それが相互に害をあまりもたらさないのなら、相互に権利を主張しても無事に過ごせる。だが、それが相手に害をもたらす場合は、権利の主張は穏やかには済ませられない。相互が相いれない権利を主張しあって、対立することになる。戦後、日本の国内が平和で安定した時代になったころ、禁煙が社会問題になった。禁煙を勧める人は、喫煙を好き嫌いの好みの問題としていた当時の風潮を拒否して、「嫌煙権」を言いはじめた。当時は、列車の中での喫煙では非喫煙者も、もうもうと煙る車内で副流煙を吸わされて列車を降りる頃には、ニコチンで頭が痛くなっていた。当然、非喫煙者は、嫌煙となっていたのであるが、それを、風呂や台所の煙などと同じように、仕方のないことと我慢していた。大体、国民の範となれるようにと気を遣う宮内庁なども、全国から皇居の清掃に来ていた者に、「恩賜のたばこ」(2005年までで、以後は、お菓子などに変えたようである)を渡していたぐらいに喫煙は堂々としたものであった。が、禁煙運動が高まるとともに、その我慢をやめて、嫌煙を正当だとして、嫌煙権を言い出した。権利(right=正しい)となれば、堂々と主張できることとなり、禁煙運動には大きな力となった。禁煙運動をする嫌煙家たちは、その情熱を禁煙に傾ける人が多く、嫌煙・禁煙が正当だ、正しいことだと、攻撃的になりはじめ、その正当性を嫌煙権として言挙げして、執拗に運動を展開しはじめた。これに対して喫煙者は、それまでは喫煙はどこでも自由であって制限されないから呼吸と同じようなもので、呼吸権をいわないように喫煙権などと権利をいうことはなかった。が、これが制限されるようになるとともに、ニコチン中毒者の一部は、嫌煙権に対抗できるようにと、喫煙権を主張しはじめた。権利 (right)と権利の、正しいもの(right)と正しいものの衝突になった。禁煙運動の初期には、新幹線では、まずは、嫌煙権が小さく、一両だけ禁煙であったと思う。それが、だんだん禁煙車両が増えてとうとう喫煙車両はなくなり、喫煙は、特定のボックスを設けてそこでのみ赦されることにまで後退していった。禁煙権、嫌煙権が勝利し、喫煙権、愛煙権は、いまは、一部の者が犬の遠吠えをして悔しがっている状態である。
権利は、正義と同様に、実力がものを言う。権利主張をするものは、それを好き嫌いの好みの問題に解消するのではなく、自分(の享受)は、正当だ、正しいという。しかし、実力がない場合、援護・保護がない場合は、権利としては認められないことが多い。女性の参政権は、女性の実力が実現していったものであろう。労働組合の団結権、団体交渉権などもそうである。戦争では、相互が、自分が正義(right)で相手が悪ということで交戦権という権利(right)を相互がもって戦う(日本国憲法は、日本は交戦権をもたないと、権利放棄して(させられたままで)いる)。勝てば官軍でそれが正義となり、敗者は、悪、犯罪者となり、権利(right=正しさ)は剥奪される。喫煙権や嫌煙権は、法的権利ではなく、道徳的権利であったろうと思うが(法廷で争う場合、法的には嫌煙権は通らず、嫌煙家たちは、生存権などで押していったのではないか)、権利とか正義とか尊厳とかの言葉は、これを担うものに自信をもたせる。それらの言葉は、戦いの場では、自分たちに後ろめたさを感じる面があったとしても、これを払拭し大いに自分たちを鼓舞して、逆に、その相手を萎縮させ威嚇・脅迫できるので、相当に効果的な言葉(言霊)として作用する。