昔話の異時間・異世界-浦島太郎と山幸彦-
近藤良樹
1.浦島と山幸
【1-1.今浦島】昔話で時間の異常さを語る話といえば、日本では何といっても「浦島太郎」であろう。竜宮へ行って、ほんのわずかの間留守にしただけなのに、故郷に帰ってみると300年もたっており、持ち帰った玉手箱をあけて、たちまち白髪の老人になった、という話である。
現実にも、「今浦島」と称される奇異な時間体験をすることがある。たとえば、山中に孤立して社会から隔絶して生きのびていた者が、何年か後に元の社会にもどったとき、あるいは、外国に長く留まって音信不通だった者が、故郷に帰ったとき、言われる。その隔絶の間は、もとの社会の時間は停止状態にあり、故郷の記憶は、出立時のままにとどまっていて、突然、何年かすぎた後の時をきざんでいるところに接続されるのである。かれのこころのうちにある故郷は、昨日までは寒村だったのに、今日は突如、華やかな町にと変わる(これは、故郷のひとにも同様で、昨日までの青年が、突然、今日は、中年の「今浦島」として現れるのである)。
故郷を旅立つときをもって、故郷の時間は当人のうちでは停止した状態になる。記憶されるものは、そのときでストップする。以後は、なにも記憶されることがなければ、時間的経過もないままになる。帰ったときには、何年も前の記憶が直前のこと・最新のものとして、その現在へと直結される。旅立ちのとき手を振ってくれた幼稚園児が、したがって帰郷時に予期した、その翌日の幼稚園児が、予期を覆し奇怪にも突如、中学生となって現れるのである。自分には昨日の今日という、ほんのわずかな期間のことなのに、故郷は、知らぬ間に、自分を疎外したかたちで、長大な時間を展開していたと感じることになる。浦島太郎が時間的に異常な体験をしたという話は、遠くの世界へと長旅をしたものが故郷に帰ったときにいだく、ごく普通の異時間体験になるといって良いであろう。
10年間、故郷を離れていてそのあと帰ったとして、帰郷した時に抱く時間感覚の奇怪さは、故郷は昨日の今日の感じで1日か、わずかの日が経っているだけと自分では感じているのに、目の前の者たちは、10年の経過を思わせるような変貌をしていることである。奇怪・奇異を感じるのは、自分の感じている1日の方にではなく(冷静に反省してみれば、この1日の方がおかしいのではあるが)、突如変貌して現れた故郷の方である。知らぬ間に、故郷が10年の時間を思わせるように変貌していることである。そして、その奇怪な10年の方を、やがて、真実とみなさざるを得ないと考えだしても行く。
旅に出て、その後何年かして帰郷したとき、自身は昨日の今日の感じで故郷に接しその海山は同じ姿を見せているのに、知り合いは、突然に、何年も年取った姿で現れる。ほんのわずかの留守の間に、魔法でも使ったかのように、奇怪にも、大きく変貌した姿を見せるのである。その変貌の大きさへの驚きは、その年取らせている年月を誇張して言い表わすことへと誘う。それを誇張したのが、浦島太郎の話になるのであろう。しかし、変貌の大きさは、自分の旅の長さがもとになるから、誇張するとしても、留守にした期間が5年なら、せいぜい10年ぐらいにとどまろう。故郷の人たちにも、旅をして帰った者はその年月分、年取って現れるのである。相互の間で、誇張は誇張と分かることで、ほかの事情(自分たちの子供の成長など)との整合性をもたせるためにも、5年を50年などと過大に表現することは、できないであろう。
しかし、浦島説話は、300年と表現することが多い。そこまでの誇張ができるには、別の事情がなくてはならないであろう。誇張しても、それが指摘され「そんなには経ってなかろう」と反省を促す者がいなければいいのである。つまり、知った者が全員いなくなっておれば、浦島は、自分の思いを誇張しても否定されないで済む。浦島説話は、知り合いはみんな死んでしまっていたという。浦島の思いは、誇張されても、これを批判・修正するものがない状態になっていたのであり、それが浦島の300年という年数を可能にしているとみなすことができるのではないか。
月と太陽によって計れる月・日とちがい、かつては、年という時間単位は、旅の中では、持ちにくかったことでもあり、その年数は、あいまいな記憶・想像をもって振り返って算定してみることとなる。自身の年表では、故郷に過ごしたその想い出は年1,2件だが、その異境での旅の間を思い出すと何十倍もの充実した体験の想起となり、長大な時間の経過を思わせる。その長大さの間に、友人もとっくになくなっていて、みんなが自分を置いてきぼりにして、消えてしまっているのである。そのさみしさは、空白の時間をより大きなものに感じさせる。かりに20年の間旅に出ていたのだとしても、友人らが年取っていても生きておれば、「お互い年取ったな」と、その20年を確認しあえる。40年という数で誇張すれば、「そこまでは経っとらんだろう」と否定もされる。だが、皆死んでいなくなっているのである。自分の時間感覚の感じたままが反復されていく。一人さみしく残され疎外された中での想起は、故人となってしまった皆の顔を反復するたびに時間的距離を大きく見せていく。あとを追いかけて行こうにも、到底近づけるものではない遥かな遠い時空へ、あの世にとみんなは旅立っており、その時間的隔たりは、長大に感じられることであろう。
亡くなった者との時間的距離は、はかりにくい。自分の祖父の死を体験したものが、その亡くなったときからの年月を聞かれても、おそらく、はっきりとは答えられない。亡くなってからは、なんの記憶の更新もなくなるから、時間的距離は、きわめて抽象的になり、あいまいなものになる。その時間的な距離感は、そのとき抱く思いしだいで、大きくも小さくもなろう。「この縁側でよく日向ぼっこしていたな」とその姿を思い浮かべ身近に感じれば、「もう30年にもなるかな」と思い、「不可解な古い方言を使っていた」と距離を感じれば、「60年、いや90年も前になるかな。90年前だと、私は、まだ生まれてなかったか・・」等と思う。あいまいで遥かな昔になろう。浦島は、知った者が全員死んでいてだれとも会えず悲嘆し虚脱感にとらえられていたはずで、その時間距離は、取り返せない深淵をもっての巨大な隔たりとして現れたことであろう。20年前のことでも、茫然自失のもとでは、自分の歳も忘れて、200年ぐらいの長大さに描くことになるかも知れない。
20年間故郷を留守にしていた間にすべての知り合いが亡くなって自分だけが疎外されてとり残されているとすると、その20年の年月が再会不能の永年の距離を作ったのである。それは、20年の何倍にも感じられることであろう。それをおおげさだと否定する友は、皆亡くなっているのである。浦島説話では、300年経っていたというが、ショッキングな喪失感のもと、その寂寥・疎外感をそこに表現するとしたら、そういう年数にしたくもなろう。目の前の山川をみながら、故郷は昨日の今日という自分の時間感覚を受け入れてくれていると一方で感じつつも、他方で、知っているだれも生き残っていないということをしみじみと反復しつつその時間経過は逆に長大と感じられていく。300年ぐらいは経っていると想定してもおかしくはないであろう。わずかな日の留守が、同時に、長大な300年でもあったという奇怪な二重の時間からなる浦島太郎の異時間体験は、なんとか了解可能なものとして成り立つのではないか。
【1-2.あの世とこの世の時間の違いを浦島にいう場合もある】浦島太郎の異時間の話の背景には、いわゆる「今浦島」の異時間体験があるように思われるが、それとは別の考え方をする浦島の昔話の語り手もいる。それは、竜宮にいた期間は1年ぐらいの短期間だったが、故郷に帰ってみたら300年も経っていたと語る。つまり、「今浦島」の方は、身近に多くの者が経験している事実を踏まえており、旅の期間は現にそうである通りに長大だったというのに対して、こちらの見方では、竜宮の異世界での時間の速度自体が、ごくゆっくりと進んでいたと語る。これは、宗教でのあの世の時間の速度とこの世のそれの違いをもとにしたものになる。天国も地獄も、永遠をもって語られる世界であり、時間は動くとすると、きわめてゆっくりとしか動かないと想定されている。コーヒーに誘われて30分ほど天国にいっていただけなのに、この世に帰ってみたら、1月も経っていたというようなことになる。この宗教的な世界観を踏まえての浦島では、竜宮にはほんのわずかの間、1年ほど過ごしただけなのに、この世に帰ってみたら300年も経っていたというような時間の速度の違いを語る。
竜宮は、異世界・異境であるが、これをあの世、神々の常世の国とみなすことがある。盆や正月には、あの世にいった祖先たちが帰ってくるという考え方は、この国の一般的な民間信仰として受け入れられてきた。あの世とこの世は、(死んだ者に限定してだが)行き来できるものとの発想であり、そういう中に浦島を組み込んだ場合は、両方の世界での時間の速度の違うことをもっての話となるのは自然ではある。ただし、この世とあの世の行き来にもとづいているものは、(今)浦島体験とは言わない。今浦島体験は、この世の多くが実際に体験していることである。長旅などで、長く見ることのなかったもの(故郷とか旧友とか)を見たとき、途中の記憶更新なく昨日の今日と感じる(錯覚する)中で、そのものに、唐突に、長大な時間経過を思わせる変貌を見いだす奇怪な体験である。この今浦島の異時間体験をふまえて示そうとする異世界も、もちろん、この世を超えたあの世、不死の常世の国となってもよい。しかし、あの世を信じない者は、この世のうちにある遥かな異境ぐらいを浦島の行ったところと想定することである。その異時間体験自体は、あの世を必要としないというのが、今浦島体験をもってする語りということになる。
ただ、今浦島体験をふまえる場合、長旅を誇張して捉えるだけだから、浦島の300年は、相当過激な誇張を前提にしないと成り立たない。その点、この世とあの世の時間の違いをいう方は、説明が楽である。天国は永遠で時間はごくゆっくり過ぎるといわれ、あの世での1日はこの世に換算した場合1年(365日、365倍)になると仮定すると、浦島でいう故郷の300年は、あの世でいうと1年弱なので、計算としては、分かりやすくなる。300年という数は、あの世の永遠のおこぼれをもらった年数ということで、妥当なものともなる。ただし、今浦島体験とちがい、この世とあの世の行き来とか、あの世の存在自体は、そういう宗教的世界観を受け入れてのみ納得できることで、信じないものにとっては妄想でしかなく、説得力ゼロで、受け入れ難い話となろう。あるいは、天国とこの世界の時間の速度のちがいも、実在的には、なんの根拠もないことではある。
かりに、あの世、不老不死の常世の国があるのだとすると、それを踏まえた浦島の異時間は、錯覚をもって成り立つ「今浦島」よりは、しっかりとこれを論じるものにはなる。今浦島は、だれでもが、長く生きておれば、どこかで出くわす異時間体験で、記憶の中断、ブランクをもっての錯覚であるから、異世界を示すには、物足りないところがなくもない。その点では、あの世とか常世はまるでこの世とは違う世界で、その違いは世界の根本形式をなす時間の違いにまで及んでいるということで、その発想は、大がかりでありつつ単純で分かりやすい。神々の不老不死の常世の国では、時間が極々ゆっくりと進み、そこに1年いて、有為転変の激しい無常のこの世にと帰ってきたら300年が経過していたといった形で異質の世界の異質の時間を明快に語る。が、それは、この世にのみ生きる者には、しらふでは到底受け入れがたい妄念であり、「今浦島」の異時間体験と違って、誰もあの世に行ってきて実際に経験したわけではなく、極論すれば、虚言・作り事にすぎない。
今浦島は、錯覚とはいえ感覚的事実である。が、それに基づく浦島の話は誇張が過ぎる、ほらふきの話になる。他方、あの世とこの世の異時間をいう方は、虚妄の作りごと、捏造になる。どちらにも問題があるが、昔話として聞く者を引き付ける点では、今浦島の方に軍配があがるのではないか。常世のあの世と、無常のこの世が各々に固有の時間をもっているという方は、それはそれとして、あの世があろうとなかろうと、両方は、別々ということでその間に矛盾を感じることもなく、平凡な作り話として見過ごして終われる。だが、今浦島は、昨日の今日という1日が同時に奇怪にも10年間でもあったという非両立、矛盾を提示するのであり、合理性に挑戦するかのようで知性は興味津々となる。しかも、錯覚ではあるが、多くの者が奇怪な感覚的な事実として体験していることでもある。知性にも感性にも刺激的な話ということになる。
浦島の話は、あの世との交流がテーマではない。あの世との交わりということなら、一般的には、死を媒介にすることが必要だろうが、浦島は死をもってあの世と関わる話ではない。彼の死をもって話は終わる。後日譚でも作れば、あの世にも居づらくなって、また帰ってきた浦島ということで、この世とあの世の異時間が言われるかもしれないが、そういう話ではない。この世において、魚女房などとはちがうが、羽衣伝説の天女やかぐや姫ほどでもない、亀姫(乙姫)という、この世を少々超えた世界の女性に出会ったので、常世とかあの世的なものに若干関わることになるだけである。浦島の話は、この世において、一応冒険の旅に出かけ帰還するまでの話(失敗談)であり、山幸彦とか桃太郎の話(成功談)と同類のものとみてもさしつかえなかろう。長旅の冒険談の最後を悲劇として盛り立てるために、現実の長旅からの帰郷でもしばしば体験する奇怪な「今浦島」異時間体験を針小棒大にして語っているのである。好みの問題ではあるけれども、この世のうちでの「今浦島」の異時間体験を踏まえたものの方が、浦島説話には、よりふさわしい解釈になるのではないか。ここでは、今浦島体験をもとにするものの方を採っておきたいと思う。
【1-3.浦島と山幸彦のちがい】浦島説話によると、竜宮から故郷に帰った浦島太郎は、ほんのわずかの間留守にしただけなのに、長大な時間を思わせる故郷の変貌を見出すことになった。そして、その長大な時間に見合うように突如白髪になってしまった、と時間的な異常を語る。この話は、現実にはありえないことであるが、単にナンセンスと放置もできず、なんとなく、これにひかれてしまう。しかも、浦島太郎のような異常な時間体験をする話は、どこの国の昔話にもあるぐらいにポピュラーでもある。「今浦島」の体験、たとえば、長らく会わなかった故郷の級友たちに会ったところ突如老人になって現れて驚いたといった体験は、珍しくない。つまり、一方では昨日の今日と感じているのに、その同じものが、他方で、知らぬ間に大きな変貌を見せていて長大な時間を思わせるといった奇怪な時間体験は、けっこうみんなもっていて、これは、奇妙な、あるいは驚きの体験として忘れがたく心の片隅に残っている。それが、浦島説話などの奇怪な異時間を語ることをもっての異境・異世界の昔話を受け入れやすくしている素地となっているのであろう。
だが、同じように竜宮に行って帰った「山幸彦」では、時間の経過の異常さは言われることがない。それは、異時間体験が、主観的なものにとどまり、客観的にいうなら錯覚でしかないと無視しているか、実際に、そういう奇異な体験そのものをもつことがなかったということなのであろう。「浦島と山幸では、竜宮にいた時間がちがい、山幸は、釣り針を見つけたら、すぐ帰ったのでは?!」と言われるかも知れない。が、山幸彦も、同じように、竜宮で妻となる女性に出会い結婚生活をはじめており、帰郷時には浦島が玉手箱を携えていたように、海の干満を自由にできる魔法の玉をもらって帰っている。核をなす事態は両者同じであり、おそらく滞在時間もそんなに違うものではなかったであろう。それでいて、山幸彦では異時間を語らないのである。
外国に長く滞在していても、いまなら、インターネットで毎日でも連絡をつけあうことができる。何年かぶりに帰郷しても、一週間前スカイプで見た8歳の甥っ子は、8歳の姿で現れる。異時間を感じることはなかろう。異世界に行っている間も故郷との音信を保って、次々と新しくこれを記憶にとどめていくなら、故郷の時間的展開をたどりつづけることになる。帰ったとき、旅立ちの時から一足飛びに帰郷時へと飛躍することはない。
山幸彦は、海幸彦との兄弟葛藤のなかにあって、かれから、失った釣り針をさがしてこいといわれて探しに出たのであり、見つけてもって帰ることが課題となっていた。釣り針は異世界の竜宮と故郷をつなぎ続けるものとなっていた。なにより、兄弟葛藤の結末はつけられていなかったのであって、帰ってからその決着をつける必要もあった。山幸彦が帰ってみたら、兄の海幸彦は、250年前に死んでいたというのでは、話にならない。もらって帰った魔法の玉は、兄を懲らしめるためのものだったのに、もはや使いようがないことになってしまう。山幸彦は、神武天皇の祖父となるはずであるが、300年もあとになって帰っていたのでは、夢と現をないまぜにしてロマンに酔う日本古代史を大混乱に陥れてしまうことにもなる。時間的差異が浦島のように生じていたのでは、そういう後につづく肝腎の課題がむなしいものとなり、故郷でのつじつま合わせができなくなるから、異時間体験はあったとしても、主観的な錯覚という些事にとどめられる必要があったのであろう。
長旅をして帰郷したとき、客観的には、山幸彦のように旅先と故郷は空間を異にするだけで、時間は共通で滑らかに流れるとしても、主観的な体験としては、その時間的な前後の空白が長いほど、浦島のような異常な時間体験をすることは、しばしばある。しかも、時間感覚が異常をおぼえることは、些細なことがらではなくて、世界と自己の存在の根本形式がゆらぐ由々しき奇怪な事態である。浦島説話は、その奇怪な異時間体験をもって世界の根本をゆさぶり、人の心を揺さぶるのである。
【1-4.時空の見当識の乱れは、ひとを狼狽させる】生存立の根本形式に空間とともに時間がある。その各々の一点に自分を定位して自らの存在を確かめて、ひとは生きている。自分の空間的な位置が不明となったとき、いま自分がどこにいるのかを確定しようと必死になることであろう。それは、時間的にも同じである。もし、自分の生きているその時間があやふやになったとしたら、動転することになる。
一寝入りしたあと目覚めて、「いまは、夕方なのか朝なのか」と見当がつかなくなったとしたら、うろたえてしまうことであろう。眠りは自分がひとりになるときであり、目覚めもひとりに始まる。起きた時、周囲の空間的状況が分からず、夕方と明け方は似ているから時間も同定できず、しんとした部屋で一人目覚めると、自分の存在する時空の見当識が失われて、自身の存在があやふやになるといったことが生じる。こどもなら、皆が自分を置いてどこかへ行ってしまったのではないかとか、天狗が自分を連れ出して、だれもいないところに置き去りにしているのではないかと感じるかも知れない。時空の同定ができず見当識を失わせるような事態になったとすると、自身の存在の足場を失なったように感じて、不安になる。自分の時間的空間的な位置がはっきりするまで落ち着くことができず、家人の帰宅の声を聞いて、それが夕方であり、住み慣れた我が家であることを確かめて、やっと安堵することができるようになる。
時空は、そのもとでみんなが同じひとつの世界に存在する根本的な形式としてあって、それからはずれてしまうようなことは、その同じ世界から根本的にはずれることとして、驚愕のことがらとなる。その同じ時空間のもとで、その社会は各個人に、父親とか先生とか陰気な男といった役を演じさせ、各自は、その役をもって自身の同一性・アイデンティティをつくりその生を営んでいる。その時空間的な世界の同定ができず見当識が崩れると、自己の存在の場そのものがあいまいになって、自己同一性も不確かになり、何をしたらいいのか分からなくなり、自己の存在がゆらいで霧散するように感じていく。自己そのものが失われていくというような思いにとらわれるのではないか。
この国では四季の区別が明確である。そのとき、春なのか、秋なのか不明になるような体験をすると、ひとは、自分の世界が崩れるような戸惑いをおぼえることであろう。初秋の穏やかな一日、いまは秋のはずと思っているとき、小川をみていると、春の桜の花びらがながれ、れんげ草の花が岸辺に咲き、空からは春のひばりのさえずりが聞こえてきたとすると、時間の見当識がみだれて、突如、この世界がゆらぎだし、自分もあいまいなものとなって、どぎまぎするのではないか。世界の根本形式である時間、これが異なってくるということは、世界を根本的に別にするということであり、異世界を知らせる衝撃的な手段となる。帰郷した浦島のような異常な時間体験は、客観的に反省するなら錯覚であって、客観的な現実自体がそうなっているのではないと理解しつつも、主観的な体験としてはけっこう一般的でもある。その体験においては、一瞬ではあれ、自身の世界が混乱し、動転させられる。
今浦島体験は、錯覚だと分かることで、納得し安堵することになるが、その奇怪な事態が持続するとしたら、世界と自身の在り方を根本的なところから見直していくべきことになる。昨日まで少年だった甥が、錯覚ではなく、真実、その次の日、青年になって現れたとすると、タイムスリップして10年後の世界に自分が時間移動をしたということである。自分がタイムマシンにでも乗って時間を飛ばして動いたのだと感じられればまだしも、自分は普段通りにしていたのであれば、身近な世界が自分を疎外した形で途方もないことを行っていると不気味さを感じることであろう。わけの分からない奇怪な世界に引き込まれているのかも知れないと不安をいだくこととなろう。空間的に異なったところに移されていたとしても、もとに帰るための手段はなんとか見出せる。だが、時間の場合、わずか1月前に自身が移されたとしても、帰る現実的な方法はない。水底の竜宮ぐらいの空間的な行き来なら、呼吸の心配を片付ければ、なんとかなろう。だが、時間を異にするところとなると、現実の中では、1日前の昨日というとなりに移動することすら不可能である。昨日起こした事故は、どんなに後悔しても取り返しがつかないのである。飛躍も停滞もなく、もちろん逆行することなどありえず、均一に流れる時間のもとにこの世界は営まれており、今浦島のような異時間は、単に主観の錯覚として生じるのみである。だが、浦島は、均一に流れる時間のはずなのに、異なった時間を体験したと語る。異時間をもっての異常な世界の在り方を浦島は想像させる。奇怪極まりない話として、心をざわつかせることになる。
【1-5.快楽に感けた浦島の不幸、未来に生きる山幸彦の幸い】浦島と山幸彦は、同じように竜宮に行った青年であるが、その人生の展開は大いに異なる。その違いは、なんといっても、冒険の成功と失敗のちがいである。山幸彦は、成功し、得難い宝物をもって帰郷して、それをもとに現実的に、未来に向かって活躍しつづけ、大成した人物となる。他方、浦島は、失敗し呆然自失で帰郷し、絶望に打ちひしがれて孤独な最期を迎えた。その違いが、また、浦島が異時間の感覚をいだき、山幸彦でそれが問題とならなかったことに関わりをもつ。
異境・異世界への旅は、冒険の旅であり、試練の時であって、その人生に大きな実りが可能となる時である。故郷を出ていくのは、豊かな幸・富みを獲得しようがためである。海山の幸彦達は、漁に、狩りに出かけて、海山に寝泊まりしながら幸・獲物を得て、我が家に帰ってくる。商人なども旅にでて、町の幸彦たちは何ヶ月、何年と帰れないこともあった。成功話であるとしたら、帰郷したときには、待ちかねていた故郷・我が家のものたちと再会して、富み・幸を共に享受できるのでなくてはならない。獲物をもって、富みをもって帰郷してみたら、我が家は廃虚となっていて、だれもいなくなっていたというのでは、成功話は、惨めな不幸話にと反転してしまう。動物が命がけで獲物を探し捕らえて巣に持って帰るのは、それを待つ愛しい子供たちがいるからである。鬼ヶ島の宝物をもっての「桃太郎」の帰還は、宝物に喜ぶであろう「おじいさん、おばあさん」あればこそである。ということは、成功話としては、帰郷時に、待ち望んでいた人々とか、主人公が再会したいと思っているひとと会えるのでなくてはならない。つまりは、旅のあいだも、自分と故郷が時間的展開を同一に保って同時的な進行をしていることが求められるのである。
山幸彦の場合、兄弟葛藤の決着をつけるべき未来が待っていたのであり、未来へと意識は向かっていたはずである。現在を過去と並べるなら、出立時以降の記憶の中断をもって、突然海幸彦が年取って現れるであろう。だが、未来にむかっている意識は、海幸彦に鉄槌を加えることに集中し、過去の記憶像と現在のそれに飛躍を感じていても、それは、主観の錯覚で些事と打ち捨てられるであろう。不遜な海幸彦に懲罰を加え海山の統率者となる未来の夢をえがき、その未来を目指して一途に進み、海幸彦懲罰を現実のものとしていく。その現在とその未来の間には、異時間感覚は存在しないであろう。過去は、すでに存在した記憶に属する確定した時間であるが、未来は、その時間は、山幸彦にも海幸彦にも、なお存在せず未確定にとどまっている。その時間自体が存立していないのだから、未来を行き来できるようなタイムマシンでもない限り、異時間もその感覚も成立のしようがないことである。
ひとは、動物とちがい、些事に渡るまで目的論的に生きる。もちろん、未来には大きな目的を描き、それを実現していくために己をかけていく。価値あるもの・幸を求めて自らに犠牲を背負い、その苦難に挑戦していく。希望・目的を実現するための辛い手段を選んで、これを生きがいとし耐え忍んでいく。山幸彦は、兄の海幸彦から、失った釣り針を探してこいと難題を課されて、これを果たすために探索・冒険の旅に出た。それを果たし、兄を懲らしめ勝者となるために艱難辛苦を乗り越えて、未来の幸いのためにと生きた。山幸彦は、神武天皇の祖父となり、日本の支配者として長く君臨する一族の始祖となった。
この山幸彦に比べて、浦島は、情けない。竜宮に行ったのは、快楽にひかれ乙姫(亀姫)に誘惑されてのことであった(亀は、亀頭をもつ。もちろん、露骨に、首をひっこめて亀頭の入る穴も見せる)。若者らしい未来への冒険的精神は、欠落していた。竜宮に行っても、鯛や鮃の舞い踊りに浮かれた日々を過ごしただけで、「ただめずらしく、おもしろく、月日のたつのも夢のうち」(文部省唱歌浦島太郎)という体であった。その結末は、竜宮追放であり、みじめな老化、死あるのみであった。未来にと生きる者は、当然、不幸を求めることはなく、幸いを求めて生きる。だが、浦島は、今の享楽に生きたのであり、未来の幸いを希求して現在の辛苦に耐えるといった姿勢はなかった。現在の幸を食いつくそうというだけであった。その果ては、幸の消えうせた不幸を嘆くのみとなる。浦島の場合、運が悪くて不幸・禍がもたらされたのではない。自らが招いた不幸である(というのは、少し酷であろうか。恵みの少ない若者が大海原にひとり漁に出ていたのである。妻をめとることもままならない生活のなかで、亀を見て幻想をいだくほどに渇していた。都の若い貴族たちが現実にほしいままのことをしていた、その千分の一にも及ばないことを、しかも幻想の中に満たそうとしたにすぎない。実際には、快楽主義的でも刹那的でもありえなかったのであろうから、恵まれた山幸彦と並べるのは、酷かも知れない。が、物語としては、幻想とも夢とも説くわけではなく、乙姫との夢のような生活をしたという設定であり、ここでは、それにしたがった浦島を論じざるをえない)。
未来に幸を求めて生きる者は、幸に会えるようにと自身を犠牲にする。今の禍い(わざ=業、会い)に挑戦しこれを乗り越えて幸い(幸、会い)を可能にしようと、自己否定をもって変わっていこうとする。その自己を踏まえれば、ほかの者も同じように変わっているはずとみる。長らく会わなかったとしたら、自分が変貌していっているように、相手も変貌していると思う。「男子三日会わざれば刮目して見るべし」という姿勢で生きる。だが、自分が変わらないから相手も変わらないと思って十年一日のようにして関わるなら、相手の意想外の変貌・進歩に仰天することになる。今浦島体験となる。
浦島のような失敗した旅・冒険の場合、故郷に対して一面では、なつかしい海山を前に安らぎたい、皆に会いたいということがあるが、他方では合わす顔がないのでもあって、帰ってみたら、だれもいなくなっていたという異時間体験も意味を持つ。故郷の海山は、昨日の今日という自分の感覚を受け入れてくれて、浦島たちに安らぎを与えてくれるが、知り合いは一人残らず亡くなっていて、長大な時間の経っていることを思わせた。それは、一面では、寂寥の事態であるが、他方では、自身の失敗の旅をだれにも知られないで済むということでもある。失敗を話さなくてもいいように、皆、消えてくれたということでもある。「桃太郎」は、かりに、鬼ヶ島で敗北して命からがらに逃げ帰ったのだとしたら、みんなにあわす顔はなかったことであろう。浦島は、未来へと挑戦する気迫などゼロの、「月日のたつのも夢のうち」の快楽主義者の成れの果てだから、それどころではない。知る者がいたら、道楽者の『父帰る』ほどではないが、「ぬけぬけと、よくもまあ帰ってきたことよ」と侮蔑の眼を覚悟しなくてはならなかったであろう。
【1-6.浦島は、空の小箱しか携行できなかった】浦島は、竜宮の乙姫(亀姫)と結ばれた。が、釣りつられての刹那的快楽を求めての結びつきだったから、長続きはしなかったのであろう、離婚してしまった。山幸彦の場合は、快楽を求めて竜宮に行ったのではない。釣り針を探す苦難の冒険の旅に出たのである。その中で、竜宮の豊玉姫を妻とし、海幸彦との戦いに使える、潮の干満を操れる魔法の玉「しおみち(潮満」」玉と「しおひ(潮涸)」玉を手に入れて帰郷した。「桃太郎」のような、略奪をもっての帰還ではなかったから、鬼ヶ島からの報復を心配することなど無用だったどころか、のちに山幸彦の一族は竜宮との結びつきを深めてもいる。冒険の旅の成功譚の代表である。しかし、浦島は、離婚し、かつ、山幸彦の向こうを張って、何につけても隣りと同じようにしたがる日本人の習性にしたがって、一応玉手箱(玉匣[たまくしげ])を手にしてはいたものの、むなしい帰郷であった。玉といわず、玉匣と、匣(手箱)をいうのは、玉などもらえる状態ではなく、せめて見栄のための小さな手箱だけでも、ということだったのであろう。その小箱には中身はなかった。というか、ないことを隠すのが、その箱であった。あったとしても、それは、自分の身を抜け殻にしてしまった玉=魂の痕跡か、抜け殻の自分を映す鏡ぐらいだったであろう。
日本での冒険の旅は、故郷に帰ることで終わる。古代の浦島も山幸彦も、江戸時代の冒険譚の代表の桃太郎も、冒険の旅の末には故郷に帰る。グリムらのメルヘンの若者の冒険の旅は、巣立ちした動物のように、古巣には帰らないで、新天地に落ち着き先を見出して終わる。西洋の桃太郎なら、鬼ヶ島にいって、鬼の王女と結婚して鬼ヶ島の新王となる。略奪は、持って帰れる宝物ではなく、それを含めた国土そのものを略奪する。だが、日本の桃太郎は宝物を持って、帰ってくる。故郷へ錦を飾るということは、最近までよく言われていた。自立精神が希薄である(もっとも、古くはヨーロッパ人の冒険の旅でも故郷に帰るのが一般であった)。冒険に成功したのなら、帰っても、威張りたい、褒められたいということで分かるが、失敗した者ですらも、慰めてもらいたいということであろう、帰っていく。穏かな故郷の自然にいだかれて、亡き父母、爺婆が、草葉の陰で「よお帰ってきてくれたのお」と、情けない自分なのに宝物のように思ってくれ、慰めてくれるのであろう。
浦島は、宝物を持って帰れなかったので、見栄の空箱をもって舞い戻ってきた。どこにでも居そうな日本人の一人である。英雄や石部金吉ではしんどいが、浦島は、情けない者としての自覚をもつ庶民の琴線に触れるところがあるのであろうか、おそらく山幸彦よりも人気がある。語られるだけでなく、古くから書籍にも繰り返して取り上げられてきた。苦しむためだけに生まれてきたかのような庶民の若者には、快楽・享楽の生活は、夢のまた夢であった。せめて、淫本『源氏物語』(「我国淫本の権輿」とは斯界の通人永井荷風の言)の万分の一でも、淫らな願望を満たすことができればと夢見たことであろう。浦島のような生き様が破綻することは承知していての悲しい願望であった。それが浦島太郎において語られているのであり、自分たちの悲しく情けない夢だと共感されたのであろう。
浦島説話では、「望郷の念にかられ、ほんの一時の帰郷を願い出た」ということになっている話もあるが、見栄のための空の小箱の携行しか許されなかったのであるから、かれは、あいそをつかされたのである。鯛や鮃の尻を追いかけ飲み食いするのみの無能者ということになって竜宮を追われた浦島は、故郷に安らぎをもとめて帰ったのではないか。その故郷がかれに安らぎの場として存在するためには、失敗を知っているもの、これを、快楽主義者の成れの果てかと、あざ笑うものがいたのでは、よくない。帰郷時に長大な時間経過をもたらした異時間体験は、幸いであった。みんな草葉の陰に憩い、早く来いよと誘ってくれる優しい家族や友人ばかりを想うことができ、安らかな終わりとなりえた。
浦島の場合は、快楽に感けてのことで自業自得となりそうだが、勇敢で真摯な冒険精神に富む海洋民族の若者たちは、幸を求めて海にと出かけていき、しばしば帰らぬ人となった。嵐の大海原で遭難し海の藻屑となり果てた者が多かったろうが、ときには運よく異国に流れ着いてのち、長年月を経て帰郷したといった話もあったことであろう。その間に、老いた両親はもちろん、夫の帰りを待ち続けた妻も飢えと過労で病死し、子供は、孤児となり行方不明になっていたといった悲惨な浦島も生み出したはずである。さきの太平洋戦争では膨大な数の戦士が海で異国の地で凄惨な死をとげたが、絶海の孤島やジャングルの奥地でなお生き残っていても戦場の無数のしかばねの中で行方不明となれば死んだことにされた。お骨のない骨箱が、玉(魂)のない浦島的な玉手箱が故郷に送られていて、戦後しばらくして日本に帰ってみたら、自分の墓があって、妻は家をでて再婚していたといった悲劇の戦士浦島もあった。自分の知る者がすべていなくなっていて、そういう悲劇の追い打ちにあわずに済んだ浦島は、悲しくも幸いだったともいえる。太宰治は、浦島が突如老人になり、不幸な最期を迎えたとする普通の見方を拒み、実は逆で、浦島の「三百年の年月」は、すべてを忘却のかなたに置き去ることであり、それは、むしろ、「人間の救ひである」、浦島の最期は「幸福」だったと説いている(太宰治『お伽草紙』浦島さん)。この解釈だけには太宰に私も共感できる。
【1-7.第二次異時間体験で、浦島は自分の最期を見た】玉手箱を開けることで浦島は一瞬にして白髪の老人になったという。箱に何か入っていたとすると、恐らくは、乙姫に請うて、皆には内緒でもらった鏡になろう。浦島は自分の顔を見る機会がなく若いつもりでいたであろうが、故郷は長大な300年という時間の経過を見せていた。かれは、長命も度を外れていることになり、老人も終末期の高齢者となっていたはずである。それを玉手箱の中にあった鏡で見て知り、愕然とし、そのショックで死を迎えることになったのではないか。浦島は、故郷の知り合い等にと外へと意識を注いでいた間は、老化した自分を自覚することはなかった。しかし、確実に老化していたのであり、死の切迫を知らねばならなかった。それを、玉手箱に鏡があったとすれば、その鏡をもって実現することになったはずである。
手箱から取り出した鏡は乙姫が日頃これをよく見ていたから、乙姫を思いつつ、浦島は、これを覗いて見たことであろう。竜宮謹製のその銅鏡には、神獣が、竜とともに亀姫(乙姫)の亀も彫ってあったであろうから、浦島は、その裏面、鏡面には当然乙姫の姿をと期待した。が、裏返してみた事態はまるで異なり、驚天動地で、愕然とすることになった。自分が老人になっていることを発見したのである。乙姫が「箱は開けないで」と忠告したのは、これを予知していたからである。その発言は、不死の常世の国から無常のこの現世に帰るのだから、浦島は300年という年を取るはずと承知していて、その真実を知るよりは、知らないままに死ぬ方がよいとみてのものであろう(このくだりは、浦島太郎の昔話は、「今浦島」体験をもっての話と見るよりは、神々の常世・永生と、時間の動きの急速なこの無常の現世との関わりの話と見た方が良さそうである)。しかし、浦島は、箱を開けてしまった。帰郷時の故郷の奇怪な変貌という第一次異時間体験をふまえての、自己自身の突如の変貌という第二次異時間体験をすることになった。
この第二次の体験では、まずは、慣れない鏡のことで、対象的に物事を捉える習慣しかなかったであろうから、自分を見出すのではなく、他者を見出したはずである。若干映りの悪くなった鏡(もちろん銅鏡である。銅鏡というと歴史博物館で「三角縁神獣鏡」のような錆びた裏面のみを見慣れている現代人は、鏡面にもそのようなイメージを抱きがちになるが、磨かれた銅鏡の鏡面は、現代の鏡と比べてもそんなに遜色はなかった)をみて「あ、お父さん!しわだらけの情けない姿になって。いや、お祖父さんですか?」と驚愕させられ、この世界と自己の時空が掻き乱されパニック状態となったに違いない。どうしてここにと、空間が混乱させられ、遥かな昔のお祖父さんまでがいたのでは時間も分からなくなり、自身の時空の見当識がゆさぶられ、自己自身もあいまいになってきたことであろう。「箱から白い煙が出て」ということになっているのは、頭が真っ白になったということであろう。しばらく、鏡の中の顔面の口を動かしたり、手を顔にもっていったり、裏側を覗いて見たりして、矯めつ眇めつしながら、ほかの動物とちがい自己意識をもち自己の反省のできる人間のことであり、落ち着くとともに真実を理解することになったであろう。鏡の人物が自分自身であることに気づいたはずである。落ち着いて真実を把握すると同時に、さらに一層驚愕させられることになった。自分が老人になっていて、しわだらけで情けない姿になっていると分かったのである。その突然の老化に仰天させられ愕然とする、自己自身の第二次異時間体験となった。「たちまち太郎はおじいさん」の唱歌の通りである。
この体験は、現代人が鏡を見て間髪を入れず「ひどい顔!」と失望するのとはわけが違う。鏡の自分を見た経験がなければ、その鏡の像は、見ている自分とは別なものとして、はじめは他者を見たことであろう。見たことのない自分を自分と分かるはずがないのである。写真を見たことのない人たちがはじめて集合写真を撮ってもらい、これを見たところ、映っているのが誰かは一人をのぞいて皆分かった。その誰かが分からなかった唯一の人とは、自分自身であったという。自分の姿を一度も対象として見たことがなかったのであれば、自分だけは見知らぬひとだったのである。浦島も、初めて見る自分の顔であろうから、ましてや老いて醜い鏡のその顔のこと、到底自分とは思えなかった。「随分前のことになるが、逞しかった父も、年取ってこうなったか」と思えば、父を見出したことであろう。「それにしては、あまりにも年を取り過ぎている。よくは記憶してないが、祖父だろうか」と思ったかも知れない。しかし、祖父や父がここにいるはずもないし、いったい誰だと、戸惑いつつ、口を開けたりゆがめてみたりして、やがて、「自分の顔面と見なさざるをえない」と思うようになっていったことであろう。そして、まだ十分に自分とは思えない鏡像を見ながら、それでもやはり自分であるにちがいないと自分を納得させつつ、その自分の老化のすさまじい姿に茫然となったことであろう。友人たちがとっくの昔にあの世にいっていることを合わせて、寂寥感・虚脱感にとらわれて、生への気力を一気に失い、生きるしかばね状態となったことであろう。
これは、異時間体験というよりは、自身の思い込みとその実際とに乖離があって、その実際を知って驚かされるということである。突然、新規の事柄が出来して、とまどう驚き体験という方がいいのかも知れない。もちろん、鏡をもっての浦島の老化の自覚は、若いつもりでいたのに、実際には長大な時間が過ぎていて老人になっていたという時間についての驚きでもある。しかし、長い時間的なブランクをもって成り立つ「今浦島」体験とは、区別される。「今浦島」の体験は、長く見たことがなかったものを見たとき、一方で、その間の記憶の更新はないから昨日の今日という感じでいるのに、他方で、目の前にあるものは、長大な時間を思わせるような変貌を見せているという奇怪な体験になる。だが、ここでの鏡をみての老化の自覚では、浦島は、銅鏡を覗いてみるような若者ではなかったろうから、若いときの記憶像をこの時に想起して結びつけるといったことはなかったはずである。その老いぼれた、鏡のなかの自分は、自分とみなさざるを得ないが、「はじめまして」といいたくなる疎遠な、はじめて見る顔であったろう。漠然と若いつもりでいたその自覚を、自分をはじめて映した鏡が破ったのである。「喜望峰」をアフリカ最南端に鎮座する巨峰だと思い込んでいた者が、グーグルアースで平凡な「岬」と見知って驚き、「これがなんで希望の巨峰だ、絶望させる岡だ」と落胆するようなものである。鏡をみての浦島の体験は、それと同じ驚愕体験であるが、同時に突然の老化の自覚ということでは、奇怪な異時間体験でもあったということができる。
驚愕の老化の現実をふまえて、半ばしかばねになった浦島は、セミの抜け殻のようになって、孤独のなかで最期を迎えることになった。その間、好奇心の強い人間のことだから、再度、鏡を手にして自分の末期を見た可能性がある。鏡をのぞきこんだ時見たものは、おそらく、老人顔の自分を初めて見たとき以上に疎遠な感じの、まるで生気のないゾンビ化したひとの死相だったであろう。到底自分とは思い難く、これを突き放して対象化して見たとすると、死神が鏡の中からじっと自分を見ているのを発見したはずである。そして最期に、乙姫の鏡ゆえに乙姫のかすかな痕跡でも見つけたいと、手垢や指の跡でもついていないかと、かれは、目を皿のようにして鏡を見まわし、さすが竜宮謹製の銅鏡のこと、鏡の裏面に彫られた亀がうっすらと鏡面に浮き出るように磨かれていて、それが乙姫(亀姫)の陰影を作り出しているのを見つけ出したことであろう。浦島は、その神々しい乙姫に、老いさらばえた自分を鏡の中で重ねて、微笑む自分をやっと自分に違いないと実感しながら、安らかに息を引き取ることになった、と想像しても良いのではないか。
2.『幽明録』と『捜神後記』
【2-1.異時間を語る者と、語らない者】浦島太郎のような異時間体験は、主観的な体験としては、「今浦島」と言われるものを代表にして、しばしばあるが、それは、客観的には錯覚にとどまる。そして、その錯覚は、通常、当人がすぐに気づくことでもある。だとすると、昔話・説話の伝承者の資質のちがいによって、異時間を語る浦島とこれを語らない山幸彦のちがいのように、これが誇張され際立たせてとりあげられるばあいと、客観性を尊んで、異時間体験は錯覚で些事として捨象されるばあいとがでてくることになる。
異境・異世界に行っての異時間体験を際立たせる方の話として、例えば、中国の話で、『幽明録』に採録されているものに「天台の神女」というのがある。二人の男が深山にはいりこんで道に迷い何日もさまよっていたところ、ある谷間で二人の女性に出会い、彼女たちの住む桃源郷のようなところに行った。そこで半年ほど楽しく暮らすことになった。やがて、故郷にかえりたくなって、山を下って帰ってみたら、親戚も知人もいなくなっていて、自分たちの七代後の子孫に出合うことになった。その後二人は、家をでて行方不明になったというような話である。
これに類似した話を陶潜の『捜神後記』は、いくつかあげている。しかし、いずれも、『幽明録』のような、帰郷してみたら膨大な時間が過ぎていて七代後の時代になっていたというような浦島的な時間的異常性については、これを述べることがない。そのなかで一番『捜神後記』で有名なのが、「桃花源記」である。桃の花のさきほこる渓谷をさかのぼって、山中の洞窟にはいり、そのさきに別世界を、のどかな桃源郷を見いだした。そこの住人は、秦の時代に世を避けてこの桃源郷に住みつき隔絶して、漢、魏、晋の時代を知ることなく平和に暮らしているのだった。しばらくそこにいて帰った。再び行こうとしたが、行き方がわからなくなっていたという話である。もちろん、行き来に際しての時間的な異常さは、言われることがない。
『幽明録』の「天台の神女」と同様の異世界へ迷い込んだ話になるはずであるが、陶潜の『捜神後記』は、いずれの話も『幽明録』の「七代後」などというような時間的異常さは、いうことがない。浦島のように、異境・異世界にとしばらく離れて、そののちに帰郷したのであれば、各話の体験者自体においては、おそらくは、時間的異常さが体験されたはずであろうが、それは、陶潜からいうと、主観的なもの、錯覚にすぎず、そういう些事など述べる価値がないということだったのであろう。しかも、その錯覚の異時間は、その旅の間の時間の長さ(さきに「天台の神女」でいえば、半年)であるはずを、針小棒大に、100年200年にと誇張する。そうしないと、今浦島的体験はだれでも大なり小なり持っていて、聞くものを引き付けられないからである。話を面白くするためとはいえ、そういう誇大妄想の虚偽を語ることは、事実・真実の異境体験をおとしめ汚すことになると思えば、むしろ、語るべきでないということになってよい。
陶潜にとって、異世界にかかわって語るべき大切なことは、広い中国の大地のどこかに実在しているはずの、深い山中の別天地へとたまたま迷いこんでしまったこと、そこで奇異な世界を垣間見ることになったという珍奇な体験だったのであろう。中国大陸の西や南の少数民族のもとには、都市部とはまるで異質の異境・秘境が、桃源郷の名にふさわしいようなところが、今も数多く存在している(中国が国家資本主義社会になってからは、あらゆるところが急激に資本制化していて、社会生活上の異境は、老人が守るだけの遺風になっており、そういう秘境・異境も、均一の経済観念のもと、観光地化するか、放棄され廃墟になるかして、まもなく消滅していくことになりそうである)。主観的な奇怪な時間的錯覚などをもって異境・異世界にさそわなくても、すでに、十分、実在している奇々怪々な秘境・異境があるのだから、その真実の姿を語るだけでよかったのであろう。
【2-2.陶潜は、古い時代のままの生活に目を注ぐ】異世界・異境を語るに際して、陶潜の『捜神後記』が、浦島説話のような異時間を語らないのは、陶潜というひとの好み・価値観がかかわる。空間とちがって、主観的な時間は頼りにならない。同じ時間でも状況しだいで長くも短くも感じる。そんなあいまいな時間など論じるに足りないと陶潜は考えていたのではないか。時間よりも空間重視の立場である。未知の渓谷をさかのぼり、行く手を遮る深山の奥に秘された洞窟があり、これを通り抜けていくと、その向こうに別世界があったと、空間的に異世界を定位するだけで十分と考えていたのであろう。
時間的なものは、主観的で捉えようのないところがあり、ひとによっては、時間は、先後が逆転さえする。自分の時間感覚が狂っていて、「橋が落ちた」のは昨日なのに、明日のことと時間定位した場合、「明日、橋が落ちる」ことが明々白々だと思え、「自分には予言が出来る」と確信することが可能である。時間感覚は、今浦島での錯覚の体験に限らず、主観の在り方に応じて変容し、信頼するにたりないものがある。また、地理的な空間とちがって、捉えどころがなく、「雄略天皇の御世戊午22年の秋7月、丹後の国で」奇怪な浦島失踪事件があったと言っても、年も月も同じ数字のことで記憶に長くはとどまらず、年号など聞いたとしても、その支配下にない者には無意味な符丁でしかなく、右の耳から左の耳へと抜けて意識にはとどまらなかったことである。これが伝承されていくときには、一律に過去一般になって、「むかし、丹後の国で」となっていく。時間は、自明と感じられるが、いざこれを捉えよう、明確にしようとすると、曖昧模糊としてきて捉えようがなく霧散してしまうものでもある。空間的なかたちで、深山の洞窟の向こうにとはっきり別世界が確定できるのであれば、仮に伝承されているものには異時間的なものがいわれていても、あいまいで信ずるに足りないものとして、省かれることになったのであろう。
もうひとつは、陶潜の『捜神後記』の場合、別のかたちで異時間的なものが空間的な世界のなかにすでに存在していることもかかわってこよう。つまり、「桃源郷」では、晋という現代のなかに、秦の昔がそっくり残っていた。そこにと世を避け隔絶した生活をしていたひとびとは、秦のむかしのままにとどまり、そのあとの漢とか魏、晋の時代を知らなかったのである。ひとつの孤立した現実の空間のもとに、ふるい時代がいわば化石化し空間化して厳然として存在していたのである。
これは、現代ではすくなくなったが、まだときには可能な異世界体験である。なつかしい古い時代の生活をしている国々があるのを見て感激したりすることがある。かつては、日本でも、都を遠のくと、遠のくほどに、より古い時代(の生活)が見いだされ、「桃源郷」ならずとも、地方にいけば、新時代には無縁の過去の時代(の生活)が満ち満ちていたはずである。簡単に古い時間の残存が体験された。空間化した形でふるい時代が、歴史博物館のような光景がひろがっていたことである。そういう古い時代の光景は、「浦島」のような主観的な錯覚の体験とちがって、客観的に存在する事実であり、もし時間的なものが問題にされるとしたら、まずは、こちらの方こそを取り上げるべきだということになってよい。陶潜は、「桃花源記」では、そうしている。体験としての異時間性(錯覚)にはふれないが、生きる時代を異にする奇異な人々の存在、秦の時代しか知らない生きた化石のような人々が存在していること(真実)は、しっかりと語る。
浦島説話が異時間体験を語るのは、異境からもとの世界に帰ってからのことだから、まず、陶潜の「桃花源記」のように語り、古い懐かしい時代の残存を示して、さらに帰郷してから浦島的な奇怪な異時間体験を語ることもありうる。ただし、主観的な錯覚として浦島体験はあるのだから、客観的な真実を語ろうという姿勢においては、陶潜のようにして、浦島体験は語らずということになるであろう。しかも、異時間体験の話となると、どうしても、誇張・虚偽が入ってしまう。1年故郷を離れていて、帰郷時に、突然の(1年分の)変貌を見出して奇怪に感じたとしても、それは、1年の飛躍に留まるはずである。奇異な時間感覚もすぐに錯覚と分かる。だが、それでは、ひとの関心などひくことはできない。1年の飛躍でしかなくても、大きく誇張して100年とか200年の時間経過・飛躍をかたってしまう。真実を語ろうという者には、その誇張・虚偽は、許しがたいことである。自身の語りのなかにそれを混入させることは、虚偽の毒を入れることにほかならず、浦島的な異時間の誇大妄想の部分は、排除する必要があると、真実を語ろうとする者は考えることになる。
【2-3.懐かしさと奇怪さ】昔話類において、異境・異世界とこの現実世界を結ぶものとして、一方に、秘境・異境への空間的な移動と、しばしば、そこでの古い時代のままにとどまった生活を語ることをもってするものがあり、他方に、奇怪な異時間の存在をもってするものがある。『捜神後記』や山幸彦は前者、『幽明録』や浦島太郎は後者である。異時間の有無は、聞き手の現実世界とのかかわりということでは、親・疎のちがいを感じさせるものとなろう。奇怪な異時間など語らず、山中の奥深くに古い時代を残している秘境を見るという陶潜の桃源郷のようなものは、この世界と連続した世界で、素朴な昔のままの生活でなつかしさを感じさせ親しみをいだかせて聞き手を引き付ける。他方、浦島のような異時間をいう場合、異境・異世界の在り方がまるで異なり、奇怪なことで疎遠・疎隔の距離をもって好奇心を誘うものになろう。
陶潜の桃源郷は、古い時代をそのままに残している隔絶した世界であった。はるかな過去の時のままに時間が止まっているかのような客観的に存在する社会を語る。その古い時代の生の在り様を見出すことは、自分たちの過去を見出すことと重なり、懐かしさをいだかせる。かつて自分たちがそうしていたこととして、その古い生活様式に親しみを持ち心が引かれ、愛おしくも思う。
ひとは、空間に生きるとともに常に時間のうちに生きている。その点では、時間を無視はできない。奇怪な浦島のような異時間は、身近な今浦島体験なども後押しして、世界の根本形式の時間が異常をきたしているということであれば、ひとは、その奇怪さに目を奪われざるを得なくなる。だが、陶潜の桃源郷の話では、異境にいくにもかかわらず、それは言わない。時間を無視するわけではない。どんな所でもどんな人でも、時間のもとに、その生き方に応じて色づけられた時間を生きる。それを陶潜は語る。古い時代のままに化石化したような穏やかな生活を続けている異境を語る。
陶潜の桃源郷の時間のもとでは、古い時代に置き去りにされ隔絶して、以後の変化のない古い生き方をしていたということが中心の話題になるが、それは、また、都市の文明化したあわただしい生活の時間とは違う、時間感覚も異にする、素朴でのんびりとした穏やかな生活に重なり、心安らぐものを感じうる世界であろう。それは、桃源郷でなくても、都市から一歩はずれれば、つい最近まで、日本でも、感じられた。古い時代ののんびりした生が展開していた。都市のできた古代から、都市と農山漁村の、時間を含めた生き方のちがいは顕著であった。古代ギリシャのイソップ寓話に、町の鼠に招待された田舎の鼠の話がある。町では豊かな暮らしだが、あわただしくて落ち着きがない。田舎の鼠は、やはり、自然の素朴な生活の方がいいと、田舎に帰っていく。田舎では、物質的な豊かさには欠けるとしても、のんびりとした穏やかな時間がながれる。陶潜の桃源郷では、古い時代の時間のもとで、のんびりとしていて、おだやかな生の営みがあった。遠くに犬の声がし、小川のせせらぎも聞こえてくる。ひとの密集した都市生活は、豊かではあるが、落ち着きがない。時間に駆り立てられる生活でもある。その違いは、異境のゆったりした常世に近い時間と、身近な世界のあわただしく無常に動いていく時間の違いということに近似的であろうか。
これに対して、異時間を語る浦島や『幽明録』などの場合は、住まうこの世界の根本形式の時間そのものが故郷と異境では異なるという。異時間によって自分の生きていた世界の見当識をゆさぶり、この世界を相対化しこれと異質の世界のあることを感じさせる。異時間がない陶潜の世界は、この実在の世界の連続的延長に、実在する異境を見るが、異時間をいうものは、時空間の見当識を失わせることで、この実在世界を超えて疎遠で自分たちの親しんできた時空間を疎外する奇怪な異界にと向かわせる。この世界にとっては疎遠な奇怪な世界であることを、時空という世界の根本形式のちがい、時間の異質をもって示す。そのことでひとの好奇の心を誘う。
もっとも、陶潜のような異世界も、懐かしさよりは、奇怪さを感じさせることもかつては多かったであろう。方言は通じないし、ましてや外国語となれば、これが同じ人類かとさえ感じ、得体の知れない奇怪な異民族・異世界と感じることもあったろう。生活様式も懐かしい素朴なものを残しているといっても、油断していると首狩り族の犠牲になることでもあった。不安・恐怖をよぶ奇怪なことに気づいていく羽目にもなったであろう。古い時代が懐かしさを感じさせるというのは、平和で合理的な生活にひたりきって、その視点のみから、穏やかな上っ面のみで過去も見る現代人の錯覚というべきかもしれない。ごく最近の昭和とか明治の文明開化の世界ですら、貧しい衣食住で命の軽んじられた悲惨な生活であった。昭和が懐かしいのは、その素朴な生活の背後に満ち満ちていた悲惨さ(母子はしばしば死に、青年は戦場で工場で若い命を奪われていた。どこが懐かしいのか)を忘却しているからにすぎない。陶潜桃源郷的な異世界が古いのんびりとした世界で懐かしさを感じさせることは確かであるが、その向こうには、あるいはその穏やかな表面の背後には、しばしば、奇習をもち部外者を受けつけない、おどろおどろしい世界が広がっていたのでもある。
異時間をもって振り返る方は、二重に異世界を際立たせる。はじめは、陶潜「桃花源記」と同じように、怪しげな洞窟などの先に空間的に異世界を、『幽明録』でも見出す。かつ、もとの世界に帰るとき、異時間を語ることで、奇怪な異世界だったことを一層際立たせる。が、異時間の体験は誇大に語らないと驚きをうまないので、人生を遥かに超えるような長大な時間経過という誇張を必須とする。フィクションの世界ではあっても、虚偽をきらうものには、受け入れにくい面をもつ。
浦島の場合は、帰ったときに限定しているが、かりに時間の速度がこの世界と異境で違うのであれば、竜宮・異世界へ行った時点でその異時間は作動しているのだから、それを語ることもある(異時間は単なる錯覚なのに、これを真実とし、しかも誇大にかたるのみでなく、異界・秘境では時間の速度が違っていたとかたるのは、陶潜的立場からいえば、うその上塗り、二重三重の虚偽となる)。常世の異境に入って、仙人のような老人たちが将棋をしているのを見ていて、ふと気が付いたら、自分のもってきていた杖や釣り竿が朽ちてぼろぼろになっていたり、乗ってきていた愛馬を振り返ってみたら骨だけになっていた等とかたる。主人公自身もそうなるはずであるが、それでは話が続かないので、それには目をつむって(沈黙による虚偽をもって)、話を進めることである。
【2-4.未来の時間に、浦島的な異時間を語るのは難しかろう】異時間体験を語る浦島のような昔話は、過去・現在・未来の時間について、過去と現在を問題にするが、未来は、語ることがない。時間の長さの感覚は、記憶を踏まえる。過去の記憶が抜け落ちているところでは、時間経過はゼロで、それと、記憶更新をつづけている時間とのギャップに二つの時間を感じて奇怪な浦島体験となった。この記憶という点からは、未来方向には、異時間感覚は成り立たない。記憶することで蓄積される時間は、まだないのだからである。未来は想像・予期をもってなりたつ。未来の時間は、なお、どこにもない。未だ来ていない時間である。一つもない時間についての二つの異なった時間という異時間体験など、成立しようがない。
しかし、陶潜『捜神後記』の桃源郷のように、空間重視で、時間については過去に固まったままで古い生き方をしている異境ということでは、異境・異世界を介して未来的なものを語ることがありうる。過去の古い時代のままに孤立し固定している異境の者、桃源郷の住人の方からは、そとの世界に踏み出すことは、自分たちの未来になるような先進的な世界を垣間見ることに他ならない。空間化された時間は、時間自体とちがって逆方向にも、つまり、彼我の世界は現に共に存在しているものとして、未来から過去へも過去から未来へも進みうる。
西洋の昔話(メルヘン)は、日本では、自分たちには未来になるような世界だったのではないか。豊かな王さま・おきさきさまのメルヘンは、貧しい日本の明治期からつい最近までの子供たちにとっては、夢のような世界であり、「むかし、あるところに」と語り始められたとしても、過去ではなく、その「あるところに」とは、欧米という自分たちの夢であり、ありたい未来ではなかったか。昔話(メルヘン)以上に、現実の社会そのものにおいて、欧米は自分たちの夢のような未来であった。日本から欧米に行くことは、未来の世界へと旅することであった。最近でも、アメリカにいき、郊外での大型店舗の隆盛をみて、自分たちの未来を見出し、帰ってから、そういうことへの先進的な投資をするといったことがあった。古い時代の遣隋使・遣唐使では、もっと大きな時代のギャップが感じられていたことであろう。隋や唐は、未来の国へと旅することであった。その帆船は、タイムマシンであった。帰りは、未来の国から後進的な祖国日本に向かうことであった。日本人にとって、この国の外は、異邦人の異世界は、過去の時代に留まっている世界ではなく、逆で、自分たちにとっては未来の異世界であることが多かった。未知の世界、異世界を見知ることは、過去方向ではなく、未来方向に見出されるものだったといえる。
つい最近まで、庶民にとっては、都市と田舎のギャップは大きく、都会の者には、田舎は過去の世界にいくことであったし、田舎の者には、都会にいくことは、未来の国に行くことであった。田舎のいろりを囲んでの者には、ガスや電気での生活は、未来のことであった。桃源郷のひとたちが現代史の只中に入ることは、未来に飛躍することであったろう。ただし、そういう未来を望んだかどうかは、分からない。のんびりした時間のすぎる田舎の鼠と、時間に追われる都会の鼠のどちらがよりよい生であるのかは、好みの問題になろう。これまで主として歴史の時間は、田舎を都市化し、後進国も先進国化するという未来への展開をしてきた。だが、その(空間的な)未来は、時間そのものとちがい逆方向に動くことも可能である。豊かな自然に囲まれて生きるのんびりした過去風の田舎の方こそが、人間らしい生活になるかも知れない。田舎の生活水準が都市と同じになっているいまは、田舎の方がよいとする人も多くなっている。
異時間体験のなりたつ浦島的な時間は、記憶をもとにした過去・現在の時間である。だが、時間には未来がある。これは、既定の過去とちがい、なお未定で未だ来たらずの未来であり、記憶にかかわる異時間体験は存在しないが、想像によって成り立ち、未定のものとして、自分たちが自由に選択し切り開いていける時間・世界である。過去のことは、どんなに後悔しようとも、タイムマシンでもないと変えようがない。だが、未来は、そんな夢のマシンを使わなくても、万人、自分で思うように変えていける自由の時間である。浦島も、過去や現在に目を奪われず、いわゆる浦島体験は些事として放擲して、未来に生きることをしたならば、「たちまち太郎はおじいさん」とはならずに済んだことであろう。いくら失敗してもこれを過去に流して、未来は、希望をもって幾度でも自由に時間を展開させてくれるから、浦島も、みじめな最期は送らないで済んだ可能性が高い。老い先短いとしても、ともに生きている人たちの未来に託すものがあろうし、すぐ先に、あの世を、極楽も地獄も自由に、妄想たくましく描いていけることである。
3.永遠の国(天国と地獄)
【3-1.あの世での生は、永遠とみなされる】昔話(メルヘン)では、この世界と端的に異なる世界、しかも時間のあり方までが異なる世界といえば、浦島太郎の話のような実在的な異世界に関わってのものとともに、死者のいく霊的な世界にかかわってのものがよく語られる。後者の代表は、「永遠」の「あの世」の体験というものになろう。あの世は、この無常の有為転変の世界とちがって常世の永遠のもとにあり、その時間があるとすると、非常にゆっくりと、我々には感知できないぐらいスローテンポで展開するものと考えられるのが普通である。
キリスト教世界での、「永遠の国へ行った花婿」の話は、あの世の永遠、あるいはあの世の時間が超スローであることを垣間見せてくれている。それは、結婚式の途中のことだった。花婿のまえに、死んだ友人が現れて、ほんの30分ほど、彼は、天国へとさそわれて行ってみることになった。だが、帰ってみたら、30分どころか、もう100年もこの世では経っていたという(山室静『新編世界むかし話集2 ドイツ・スイス編』 社会思想社 1981年 「永遠の国へ行った花婿」 参照)。
他方では、天国へいってきても、時間は、この世界と同じで、同じ速度、同じ時間経過をもって展開するというのもある。グリムの「天国のからざお Der Dreschflegel von Himmel」(KHM112)によると、かぶらの種から芽が出て大きくなり巨大な幹となりそれが天までとどき、これをのぼっていった百姓は、天国にあった「つるはし」などをもって、もどってくる。が、穴におちてしまい、そのつるはしで階段をつくって地上にでられた、という話である。ここでは、天国とこの世との時間的差異などなかったかのようである。
あの世の時間がこの世と異なるのか同じなのかは、実際のところは、分からない。第一、あの世自体があるのかどうかということもある。しかし、あの世があると前提した場合、天国でも極楽でも、生は永遠で、時間があるとしてもごくゆっくり過ぎるとの理解は、昔話がかたるのみではなく、宗教界での一般的な理解でもある。極楽は不老不死の世界で、想定される時間は、極めてゆっくりと動くものと見なされている。常世としてのあの世と、無常のこの世である。
民間信仰の神祇や身近な神の使いの蛇やきつねが死なずに永遠の生を見せるのは、これをまつるひとびとが時間設定を怠って、いうなら時間的には無(無記述)になっているのを、時間的展開(老化等)ゼロと錯覚していることに起因する。あるいは、古池の主の大蛇が、殺されたはずなのに、不死身でよみがえっていると思うのは、本当は死んで別の蛇と入れ替わっているのに、細長い奇怪な蛇というだけのことしか見ておらず、違いを見ないで、違いが分からないから、つまり、認識にルーズだから不死になっているだけのことである。常陸坊とか柿右衛門とかが、初代から何百年経っていても同じ名前なので、彼らがずっと生きていると錯覚するようなものである。
単に消極的に時間設定にルーズだから時間経過がなく不死というのではなく、時間自体がないのが神の世界だという考え方をすることもある。この有限な人間界が有限なのは時間のうちでの存在だからで、その時間という無常の世界を超越した恒常・恒久のものが、永遠が神の世界だということである。超越神の世界にいう超越性の一端は、時間という有限の世界を超えたところに、無限に、永遠に見出される。時間そのもののないのが絶対神のあの世なのだとするが、それは民間信仰の神祇や霊獣が抽象的で時間をもって描くことにルーズだから不死になっているのと同じく、その時間超越は、この世的な時間が拒否・否定されているだけで、実証されている話ではない。今浦島の異時間感覚は、錯覚でも実際の、だれでものに可能な体験である。だが、絶対神の時間の超越自体は、その神の有と同様に、その時間の無も、そう想定・希求されているだけであって証明されているわけではない。
【3-2.死者の不老からあの世を永遠と判断する】あの世という異世界がどうなっているかだが、行ってみれば、つまり、死んでみれば、即判明する。だが、生きている者たちは、ふつうには行きたくはないところだし、行ったものは、生身のままでは帰ってこられないから、確かなことは、分からない。だが、多くのひとの経験するひとつのことから推量すると、おそらくは、それは、永遠の世界であり、その時間は、あるとしたら、超スローに動いているものと想像される。時に死者があの世からこの世界へと生者に会いにもどってくることがあり、その様相から永遠が垣間見えるのである。それは、夢においてである。夢に死者は、ときどき出てくるわけだが、死んでから何年たっても年をとらない。この世に残っている者は、みんな、時とともに年取っていく。だが、夢に現れる死者の場合、いつまでも、歳をとる様子が見えないのである。その夢の中で同窓会の写真をとったら、生者は、皆老人になって写っているのに、死者は、死んだ若い時の姿のままに写っていることになる。あの世は、時間が動かないか、動くとしても、この世では測れないほどにゆっくり動いていると見なさなくてはならなくなる。
夢は、自由な想像の世界のできごとではない。古くは、おそらく、もうひとつの現実だった。いまでも、不吉な夢を見たら、それは単なる夢空事としておけず、現実的な気がかりをいだくことがある。かつては、もっと夢は尊重されていて、お金を貸した夢をみたら、返却期日には、ちゃんと返してもらいにいき、相手もそのことに「そうだったのか」と応じるようなことがあった(かしこい人は、もちろん、夢の中で返した)。そういう現実的な夢に、死者は、いつまでも変わらない姿で、あの世にいったときの若さのままで現れてくる。ということであれば、あの世では、時間的展開はないか、きわめてゆっくりしていると推量するのが自然となる。
結婚式の途中で死んで、あの世にいった花婿が、死んで30年ぐらいたって、花嫁の夢の中に帰ってきたとしたら、その花婿は、30年まえの若さのままで現れることであろう。おばあさんになりつつある花嫁は、目の前に、青年の、まるでわが息子のような花婿が現れてくるのを見て、「まるで歳とっていない」「あのときと全然変わってない」と仰天し、天国の無時間・永遠性を感得することになろう。自分の30年の時間と、花婿の30年前のままのギャップに、時間展開の奇怪さを感じさせられることになる。こういう体験は、ごくふつうのことであって、でたらめな作り話ではない。死んで以後の記憶更新はゼロにとどまるのだから、いつ想起し夢見ても死ぬ前の記憶を手掛かりにし、その記憶を素材として夢に見るから、死ぬ前に留まっていて、年取らないように思えてくる。むしろ、その花婿が、同じように年とって帰ってきたとしたら、それこそがでたらめな作り話だといわれねばならない。体験に見合う、つまり真実の話においては、やはり、永遠の国へいった者は、年とることなく、永遠に若いままで(夢のなかに)帰ってくるのである。
あの世の存在の確かさと時間がこの世と異なることは、かなり本気でそう思われていたもののようである。よぼよぼになって死んだ者は、あの世に生まれ変わってもよぼよぼで苦しみつづけながら夢に帰ってくるので、元気であの世に再生するためには、エジプトのツタンカーメン王のように、若いときに、元気なうちに死なねばならないというようなことがあった。今と違って、老人になっての自然死はよいことではなく、若い元気な姿のままでの死が求められた。元気では死ねなかったとしても元気な格好をさせてあの世に送りだすことが、つまりは、死体を勇者らしく葬送することにして、わざわざ、死体に戦士らしく弓矢をつきさして葬るようなことがあったともいう。これを見とどけた者たちの夢には、死者は、そういう勇ましい姿でよみがえってきたはずである。
命をささげてもよいとするだけの大きな価値をもったものとして、この世を超越した神の世界がどこの民族にも想定されていた。あの世を本拠地にする神々にささげられて尊い犠牲になった者たちは、そういう姿でいつまでも年取ることなく夢によみがえってきて、あの世の永遠を確信させることになったであろう。子供の姿の天使の類いは、おそらくその原型は、幼いときに殺されて神にささげられたものが、そのままの姿で永遠に無垢のこどもの姿で現れていたことによる。(羊を生け贄にするのと同じ方法でアブラハムが息子のイサクを神にささげようとしたように)わが子を神にささげたひとたちには、夢に出てくるその子供は、自分たちが年取るのに、少しも年取らないで現れてくる。永遠の国で、神の使い、幼い天使として生き生きとしているのを、時に涙をもって、時に諦念と安らぎの気持ちをもって見続けることになった。
【3-3.地獄なども、天国と似た時間をもつ】永遠かごくゆっくりとした時間というあり方は、天国とか極楽のみではなく、地獄もまたしばしばそう解される。地獄へいったに違いない自分たちの身近な悪人たちも、みんな、いつまでも変わらない姿をもって、生者の夢のなかに現われてくる。ただし、体験される事実は、正確には、「ゆっくりと進む時間」「あの世の永遠」ではなく、死者が夢では年とらないままだということである。死者についての記憶は、死ぬときでストップして、その後の記憶更新がゼロにとどまるから、夢の材料としては、死ぬ時よりも前のものしか使えない。この記憶更新ゼロをもとにして、年とらないことになっているにすぎないといえば、身も蓋もないことになるが、それがあの世の不老不死の真実であろう。死者が永遠である原因は、あの世にではなく、この私(生者)のうちにあるということである。
死者の永遠が、夢のなかでの勘違いにすぎないとすれば、かりに天国・地獄があったとしても、時間的な展開について、この世と異なるとするにはおよばないという話になっても、それはそれで、通用することになる。あの世も、そこでの異時間も、実証されているわけではない。この世との行き来をいう話であれば、時間的な差異のはいらない方がわかりやすい面もある。天国が雲のうえにある程度の遠さの、時空もこの世と共用の身近な世界とみなされている昔話も結構ある。
天国(極楽)や地獄の、この世との距離・近さということでは、地獄は、よほどこの世に近い。快・楽(子供誕生の喜びなど)は、すぐ消えるが、不快・苦痛(子供を失った悲しみなど)は、いつまでも続くのがこの世である。この世は、「苦界」といわれることがあるように苦しみの世界で、生き地獄を味わうひとも少なくない。という点からいうと、地獄にいっているはずの知人たちは、一見、天国にいった者と同じく、死んだ時から年取らず現れるとしても、厳密にいえば、地獄は、この有限な現世に近いから、時間もこの世と天国の永遠との違いほどではないと想定してもよかろう。つまり、地獄には、それなりの時間があり、この世より多くの苦難を背負わされる世界としては、たっぷりと苦痛を味わうという点で、この世(苦界)と時間は違わないか、遅々として進まない時間ということが想像されてよい。
おそらく、現代人の多くは、因果応報ということからは、これだけ堕落した世界の中で生きている以上は、地獄へいくこと必定である。その、地獄にいったと思われる人たちも、天国に行ったひとと同じように、夢には、死ぬまでの姿で現れる。そのことを踏まえてであろう、古来、地獄もまたゆっくりと時間が流れると想像してきた。この地獄の時間は、たっぷりと苦痛を味わう時間になるから、遅々として進まない時間ということになる。ただし、この世での悪事は、殺人から魚の刺身を食べただけのものまでがあり、罪の軽重には雲泥の差がある。これを踏まえたものを地獄では味わうべきということで、軽い刑罰の地獄から重いものまでが想像された。それを時間にまで及ぼして、軽く罪をつぐなうだけの軽犯罪的なものなら、時間もさっと過ぎる地獄世界を設定し、重罪の償いには、時間もたっぷりとかけて長々と苦痛を味わうように、時間は遅々として進まないものにと想定されることになった。天国・極楽は、時間があるとすると、極上の楽を味わう時間として、上等の世界になるほど、時間はゆっくりとなるはずであり、地獄は、重罪になるほど、下等の世界になるほど、やはり、たっぷりと苦痛を味わってもらうために、時間はのろのろとゆっくりと進んでいると想定された。
死者については、死んでからは記憶の更新がないから、死んだ時までの記憶した材料をもって夢見るので、年取らない。その夢で同窓会の写真をとったら、生者は、みんな老人で写っているのに、地獄に(あるいは、お人好しで、ひとに生を譲って天国に)行った死者は、若いまま写っている。そしてよく見ると、生きているだろうと思われるが、長い間会っていない生者が、死んだ者と並んで若い姿に留まっているのを発見することになる。相当以前に会っただけで、以後会っていない者を夢にみるときも、あるいは夢でなくても、想像するということでも、同様に年取らないままに現れることになろう。引っ越ししてから20年経っておれば、もとの土地の人は、音信不通にとどまっていた場合、その20年前までの記憶しかなく、以後は、記憶更新ゼロだから、その20年前のままで夢に現れることになる(夢見るのがむずかしければ、想起してみるだけでもよい。20年前以降の姿では想起などできない)。天国・地獄に行った者のみが年取らないという特権をもっているのではない。会うことができない生者も、年取らない、取れないままに夢に現れる。記憶更新がなければ、その後の年はとらないということが核心である。あの世にいったひとは、天国であろうと地獄であろうと、当然そうなるし、長い間あっていない生者も、記憶更新ゼロであれば、あの世にいった人と同様に、若いままの姿で夢や覚醒時の想起に現れる。小学校卒業以後会うことなく、老人になったとき、その同級生に夢で再会したとすると、当時の幼い姿のままで現れるはずである。
【3-4.臨死体験、幽体離脱】地獄・天国の時間的異常さ(永遠とか超スローな時間展開)は、夢に出てくる死者をもってそう判断するもので、実際にあの世に行ってみて体験したものではない。実際に死んであの世に行った者が異時間体験をしたという話があれば良いのだが、本当に行った者は、帰って来られないから、体験談をもってあの世の時間を云々することはできない。逝ってしまった人の体験談は聞けないが、逝きかけたひとの体験談はある。臨死体験である。臨死体験者は、天国の近くか、地獄にいって帰ってくる特殊体験をする。だが、真にそういう世界に行ったわけではない。かつ、あの世の入り口付近に行っただけのこともあってか、異時間をいうことはない。2日臨死状態になっていた場合、地獄での諸手続きに時間をとられ多忙な閻魔大王に一声かけてもらって帰る感じで、場面が、この世でないというだけのことで、この世と時間進行に変わったところはなさそうである。あの世への旅というか連行の間は、泊りがけということもないぐらいで、時間的な異常は、あるとしても、朝昼夜の別がない程度で(その「一日」のないことが持続すれば、つまり、月・日の経過がなければ、永遠と感じられてもくるのであろうが)、時間の流れの異同は言われることはない。
ただし、閻魔大王から、事情がありそうだから3年ほど刑の執行を猶予しようと言われてよみがえった者が、3日で死んだというような話は聞くことがある。つまり、地獄の3年は、この世の3日に相当するということである。逆に、3日猶予しようと言われてよみがえってみて3年生き延びたというのもある。この世とあの世の時間の違いについて、両者では、逆の関係になっている。どちらかが伝承の間に関係を逆にしてしまったのであろう。おそらく、あの世では、ゆっくり時間が流れるのが基本であろうから、向こうの3日は、こちらでは、3年という方が正解であろう。もちろん、宗教的世界観を荒唐無稽とみなしている者からいうと、いずれも、とんでもない妄念・妄言にすぎない。つまり、臨死体験の事実があるのみであり、その内容は、夢と同様に、脳の内での幻覚にとどまる。臨死状態になって、地獄なり天国がその先に想定されるのだが、その道程において、しばしば、暗いトンネルを抜けると光が見えて、明るいお花畑のような空間に出たと語ることが多い。出生時の産道を通り抜ける記憶がよみがえっているのであろうという説は、ありそうな話である(暗い黄泉の国に行くのに輝くところに向かうというのもおかしな体験だが、しばしばそう語る。お花畑も、誕生の時のことだとすると了解できる。誕生の当座は、きらめく新鮮な色は見えても、まだ、形も遠近も見えないから、百花繚乱ぐらいに見えたはずである)。落下などで奇跡的に助かった人が、その死に至ると諦念したわずかな時間の間に、過去のことが走馬灯のように浮かんできたと語ることがある。トンネルの先に光明をみるのは、臨死状態で生の総決算を出生時にまで遡ってして幻覚を見ているということなのかも知れない。
夢は、時間の秩序を踏まえずあちこちに飛躍して支離滅裂だが、臨死体験は、身体は仮死状態で魂の一部みが生動性を保ち、身体のあるこの世の秩序に気を使った状態にあってか(気を使わないひとは、即、身体を棄ててあの世に直行する)、時間の秩序も踏まえているように見える。これと同じく身体を放置して魂のみの自在に動くものに、元気な者の幽体離脱がある。これは、身体が元気に眠っている間に魂だけが起きて身体から脱け出す体験で、そう長くは身体を放置もできないから、一般的には時間は臨死体験どころではなく短時間で、あわただしく近所に出歩いて悪戯をする程度のものが普通であり、その時間経過は、起きているものがすることと似通っている。身体は眠った状態に残して、金縛りを少し進めて身体的束縛を離れえた魂が、その秘めた願望あたりを実現する幻覚体験をもつのである(もちろん、その時は、幻覚とは思わない。後に幽体離脱していたときに悪戯をした相手にこれを聞いてみると、知らないというから、幻覚だったと自覚することになる)。
幽体離脱して何日も過ごすとか何年も離脱していたといった話は一般的には聞かない。一晩の睡眠中での出来事というのが基本である。ただし、何日か続くことがあっても、眠りの特殊な在り方として、可能ではあろう。冬眠・夏眠する動物がいるが、ひとでも、それの強いられる状態になれば、その能力はもっているだろうから(眠り続けるだけのことだから、そんなに高度に特殊化した能力はいらないであろう)、その休眠期間は、まどろみ状態になっている感じで白昼夢をもっとリアルにした妄想を抱き続けて楽しむといったことがあってもいいのではないか。『今昔物語』に賀陽の良藤が二週間ほど狐の巣で狐と夫婦になって生活する話があるが(『今昔物語集』巻第16第17話 参照)、これは、幻覚状態が二週間つづいたということであろう(行方不明になって13日目に発見されたが、良藤は、13年の月日を彼女(狐)と過ごしたと述懐している。この世の1日が、その幻覚の異世界の1年という計算になる。ここでは異世界(畜生界)の方が圧倒的な速度で時間を進めている)。あの世に遊ぶというようなことは、幽体離脱では一般的ではないが、妄想・白昼夢と同じく、行こうという願望をいだくだけで、行先をあの世にすることは簡単にできるし、若干長めの離脱も、工夫すれば、できるのではなかろうか。
幽体離脱では、身体を放置して魂だけが抜け出した状態だから、身体的制限は気にせず、魂の描くことを自由自在に体験でき、あの世に行って見たければ、そう思うだけで、日頃の想像や白昼夢と同じで、それが実現する。身体的制限がないから、かぐや姫の月世界にいくのも、海中の竜宮にいくのも、身体が息をする必要もなく自由に実現できる。異時間体験にしても、したい、そうありたいと思えばそうなるから、あの世の永遠も時間の急速度の進行も体験可能であるが、自作自演のバーチャル体験だから、そういう世界自体の真実の体験・検証にはならない。浦島の場合も、ひょっとすると、亀をつりあげて大海原を漂うなかでの、賀陽の良藤に似た朦朧体験だった可能性がなくもない。ただし、そうなると、異時間体験は、この世のわずかな時間(朦朧体験のわずかな時間)があの世の長大な時間(乙姫さまとの何年もの生活)となり、「邯鄲の夢」「一炊の夢」式のものになって、浦島とは、逆の異時間体験になってしまう。
幽体離脱の得意なひとのなかで、俗っぽいところへ離脱しようと思わず、身体を抜け出した魂をもって、身体・物体を超越した理念界のようなところに行って見ようという人があるなら、プラトンのイデア世界のようなものを見つけて体験できるのではないか。ひとの心の中には、自身の知りえていない、自覚できていない膨大な情報の世界が存在している。ソクラテスは、知るとは、想起(アナムネーシス)することだといったが、目をつむって省察すれば、そういう未知の世界の一部が見えてくることである。この未知の世界に踏み入ることが、幽体離脱をもってすれば、楽々と出来そうである。イデア界は、永遠不滅の属性をもつから、生命の不老不死をいう天国の永遠とは別種のイデア・理念の永遠というような世界を見出せる可能性がある。新プラトン主義のプロティノスとか、神秘主義のヤコブベーメなどは、それに類似した体験をした人だったのであろうか。かれらは、そういう永遠の世界を見出していたのかも知れない。イデア界あたりは、幽体離脱をした魂をもってチャレンジしていける永遠に類した世界になりそうである。
4.長旅での異時間体験とあの世の永遠との比較
【4-1.二つの異時間体験とも、記憶更新ゼロに基づく】昔話(メルヘン)において異世界を語る時、その世界では時間までが異なると言うことがある。その異時間の在り方について、ここでは、ふたつをあげてきた。ひとつは、浦島のそれで、異世界にいって故郷を長く離れその帰郷時に感じるもので、もうひとつは、夢に出てくる死者の歳とらないことからするあの世の永遠という時間である。時間の異常さということでは、成長速度が急速な竹取物語の「かぐや姫」とか、逆に遅々として成長しない「一寸法師」などもあがるが、これらは、時間自体は世俗と同じである。同じだから、普通の成長に比して遅速が言われるのである。さらに別種の時間異常に、「眠り姫」のような、長期に渡って眠ったり、世俗から隔離され閉じ込められての時間の停滞とか停止を語るものもある。この場合は、世俗の時間と、主人公の生きる世界の時間とのあり方が異なる話になり、異時間体験をする。これは、浦島体験とあの世の永遠の夢体験のうちでいうと、前者の方に似たものになる。この世俗から隔離された状態(長い眠りとか閉じ込め)にとどまった後に世俗に帰り両世界の間の異時間体験をする話である。
浦島(したがって、また、眠り姫とか長く隔離される話など)にしても、あの世の死者の異時間にしても、いずれも二つの時間からなる。そのひとつの時間は、記憶更新がなく時間経過がゼロにとどまり続けるものであり、もう一つは時間展開のあるもので、記憶の更新があり変化・変動のある時間である。その記憶更新の有無をもっての時間展開のギャップにいずれの異時間体験もなりたつ。浦島の場合は、変わってないと思うこと(記憶更新ゼロ)をもとにして、意想外に変わっているという奇怪さへの驚きの体験で、あの世の話は、この世の者は皆変わっているのに、あの世に行った死者のみは変わってないこと(記憶更新ゼロ)に驚く体験談である。眠り姫など長期に渡って世間から隔絶状態にある話の場合は、その眠りや隔絶の間、記憶更新がないままに、目覚めてのち、周囲の激変に驚くものになるから、一種の浦島体験ということになろう。
浦島の異時間体験は、それが生じつつある異世界にいるときに感じるのではなく、ことが終わってから感じる。振り返って奇怪な体験だったと分かる。ふたつの異なった時間展開が生じていたことを発見して驚く異時間体験になる。その核となる事態は、一方の時間について、それの展開が自身のもとでは、無に留まり、したがって、昨日の今日という感覚になることである。時間は、記憶をもって過去を捉える。記憶が過去の時間を体感させてくれる。もし、記憶がなければ、昨日とか昨年ということはなりたたない。10年前のことだったとしても、その後の10年の記憶が無ならば、それにつづく今日は昨日の今日ということになる。途中の10年の記憶更新がなければ、それがゼロであれば、昨夜眠って今朝起きたのと同じである。この記憶更新ゼロの事態が一方にあって、他方でそれに10年の経過があれば、両方を合わせたとき、記憶がなくても実際には10年展開しているから、突然、昨日から今日にかけて10年分の変貌を見せることになる。目の前のものがまばたきした間に突如、10年分の変貌を見せるのである。
この浦島異時間体験は、浦島のように、別の場所にいって、その間、元のところの記憶を更新することがないといった隔離した状態で生じるだけではなく、記憶更新がなければそうなるのだから、眠りでも生じる。通常の眠りでも、寝て起きたときは、その間の時間経過はゼロとなり極小の浦島体験をしているのである。子供だとその体験を素直に感じとるから、「さっき寝たばかりなのに、もう朝?!」と睡眠中の記憶更新ゼロにともなう時間感覚の奇怪さに驚く。年とともに、それに慣れてくるから、大きくなると、この記憶更新ゼロの無時間を錯覚とみなし就寝の時間経過という知的理解の方を優先することに慣れて(感覚的には太陽が動いているのに、知性を優先して太陽は不動とするように)、奇怪さは感じなくなる。この眠りが長ければ、眠り姫のように、一時代前の状態の記憶のままで停止することになり、目覚めたとき、突然、周囲の長い時間経過後の世界を見るという体験になる。浦島異時間体験は、一方の時間が眠りとか隔離によって生じた記憶更新ゼロの続いたもので、他方で実際には長時間が経過していて、ゼロ時間が即長時間となっていることに仰天する。だが、目の前の現実が、異時間体験を主観的な妄念だと日々否定することになるから、眠り・隔離のもと記憶更新のないために生じた錯覚だと分かり、簡単にその異常時間の体験は、消滅していく。
天国や地獄のあの世の時間の異常さの感覚は、少し浦島体験とは異なるが、これも、記憶更新がないこと、時間経過をゼロにしていることが異時間を生じる原因となっている。この体験は、浦島のように事が終わってから感じるのではなく、異時間を担う者の現れるその現場で異常を感じて驚愕する。これは、夢のなかで生じることが多い。自身の知るあの世にいった死者が夢に帰ってくるとき、何年たっても年取らないで現れることをもって、あの世の時間を永遠とか、この世に比して言うと相当にゆっくりしか流れないと感じるのである。死者についての記憶は、死んで以後の更新はない。死ぬ前、最後に見た記憶でストップする。その後の夢では、身近な生きた者は、だいたいが年々年取って夢にも出て来るのに、死者は、あの世にいったとき以後の歳をとらない。あの世は不老不死で時間がゆっくりとしか展開していないように思えてくる。これも記憶更新がないところで生じる錯覚であるが、あの世を信じる者は、浦島体験を錯覚とみるひとであっても、これを錯覚とはしない。その死者のあの世での不老不死をふまえて天国・地獄の永遠を想像しても、これを否定する体験はしないから、反省を迫られることなくあの世の(妄想の)永遠の世界を描きあげていく。
これは、死者のみに限定されることでもない。記憶更新がないひとについては、生きている人でも、死者に準じた体験となる。その昔会って以後音信不通にとどまって、以後の記憶の更新がなければ、古い記憶のままで夢や想像のうちに現れる。そのひとを想起するときは、その何年か前の姿のままとなる。年取らないままであろう(異境にいったままの浦島と、故郷の人も、相互にそういう存在になる)。中学校のときの片思いのひとと老人になるまで会うことがなかったとして、その愛しかったひとは、想起する場合、自分は老人になっているにもかかわらず、その中学生のままである。この体験は、浦島体験にもできる。その老人が同窓会にでて、何十年ぶりかにそのひとを見たとすれば、突然、初々しい中学生が老人になって現れて、浦島太郎の絶望感をささやかに味わうことになる。
【4-2.夢の時間展開は奇怪だが、普通には異時間感覚は抱かない】誰でもが思い当たる異常な時間展開というと、おそらく夢がその筆頭にあがる。自身が子供になる夢もあれば、突然、自分の葬式になったり、途中から友人の送別会になったりする。奇怪きわまりない。だが、これは、時間自体が奇怪な展開をするのではなく、夢が(実在世界の)時間を顧慮せず、夢見る当人のその夜の関心や連想のおもむくままに映像を並べて、時間の継起的な形式を無視した支離滅裂な状態にあるだけであろう。天国のようにゆっくりと時間の過ぎるのでも、カゲロウのように過激な速さの時間でもなく、時間という過去・現在・未来へと流れる継起的秩序自体を無視しているにすぎない。夢では世界の根本形式としての継起の秩序、時間自体が存在していないのである。
夢は、一晩の眠りのほんの一時の出来事である。その夢の中では、あたかも長期の時間展開であるかのような夢を見ることもある。自分の一生の夢をみることも可能である。それは、時間の異常さを感じさせるものではないが、現実世界とは異なる継起の様相として、夢での時間の在り方といえなくもなく、これも異時間体験の末端に置くことはできよう。浦島太郎の説話のなかには、これを夢のなかでの話にとアレンジしたものがある。川へ釣りにでかけて、乙姫に誘われて竜宮に行き、結婚し、そこで生活して、やがて帰郷するが、帰ってみたら、まだ川には釣り竿があり、その間の何年もの経過は、釣りのわずかの時間のことだったという話である(関敬吾『日本昔話大成』 角川書店 昭和53年 第6巻 28頁 参照)。夢では、主観の想像・妄想と同様、時間は支離滅裂であったり、長年月のこともあったりして、現実の実在世界からいうと奇怪だらけで、ことさらに時間自体についての奇怪な感覚になることは、あまりないし、あっても、夢のこと、妄想・妄念の観念世界のこととして実在世界の時間秩序とは無関係に、別扱いにするのが普通となる。
どんなに長くてもわずか一晩の夢なのだが、その一晩の夢のなかでは、何十年もの生活を展開することがある。一晩の夢において、自分が青年のときから、結婚し事業に成功し、老化して死ぬまでのことを展開することがある。「邯鄲の夢」など、粟粥を作ってもらう食事準備の間に居眠りして、その間に自分の一生の栄枯を体験する夢を見た。醒めてみたら、粟粥はまだ出来上がっていなかったと。「一炊の夢」である。ここでは、夢見る時間は、一晩とか、わずかの微睡の間とちゃんと自覚している。夢の内容が一生に渡っていることが同時に現実だと錯覚などしない。その夢のなかでは、現実の日課、毎朝顔を洗って食事してと詳細に反復するといった手間暇は一切とることがない。夢の内容自体を少し反省すれば、大事件のみを、それも勘所をつまみ食いして追っていった長期間にわたる夢だったと、自覚できる。白昼夢で壮大な自分の一生を見るのと同じで、(ただし白昼夢と違い、夢は随意にはならない)妄想・妄念であることの自覚がもてる。ただ、感情的には、夢で自分が殺されるのを見たあとは、起きて想起するとき、その内容には、自身の感情反応をもって、恐怖心をいだくことにはなる。その恐怖心から、現実を見れば、実際に今日は自分にそういうことが生じるかも知れないと、現実への影響をもつこともある。だが、それを反省してみれば、「夢で良かった」と分別でき、現実とは混同しない。夢の中での時間経過も、現実とはちがい、根本的に無秩序でしかないと自覚できる。
逆さ浦島とか「一炊の夢」の場合、時間経過は長大で一生に渡るようなものでも、それは、目覚めてから思うときには、夢の中、体験する当人の頭のなかだけでの夢想・幻想との自覚がある。夢の中では、肝要な出来事のその核となる断片のみを抜粋して飛び飛びに見ていく。関心事をそのエキスのみを順序不同に急いで見ていくだけであって(おそらく、継起的な時間展開の夢になるよりは、自分の葬式を見て続いて自分の結婚式の場面となり、いつのまにか子供や親せきの結婚式や葬儀に変わる等と時間的には支離滅裂な夢になるのが普通であろう)、その夢の中での時間展開が植物の生長の動画の早送りのように急速になっているわけではない。もちろん、夢から覚めた世界には何の時間的影響もない。その夢の時間が同時に、夢から覚めたときの現実の時間と一つになるのなら、二重の時間ということで奇怪であるが、そういうことになるのではない。夢でなくても、想像において、あるいは、白昼夢で、自分や子供の一生を見るとしたら、ほんの5分か10分のうちに、詳細なその生の展開を見ることができる。実在的世界でなら、日々、食事をし大小の用を済ませ歯磨きをし等々ということが延々とつづくのだが、それらは、一切省略しての、現実の要点のみの断片的な想起であり、現実と混同することはない。太陽系の一生を想像する場合は、何億年もの詳しい展開を、ものの5分で描きうるだろうが、それ自体は、時間そのものを超高速で何億年と展開するものではない。その何億年いう太陽自体の展開する時間と、その長大な時間展開を想像する時間は、無関係にとどまる。逆さ浦島で、釣りをしている間の夢に竜宮城で楽しい日々を過ごしたからといっても、その居眠りの30分と竜宮での3年は、別々の経験と自覚する。居眠り状態の心身の体験があり、その間に、心中で異世界にと遊ぶ夢の体験をもったということである。その実在世界の30分が即同時に異世界の継起の秩序としての時間の3年であった(その間、毎日、日に一回、つまり、千回以上も洗顔したり大便を繰り返したというようなうんざりする夢を見続けた)というのなら、浦島的な異時間体験になるが、そういうことではない。夢と現実は区別される。電車のつり革を握って通勤の30分の間に、サラリーマンが白昼夢に遊び、自分が社長になって世界中を駆け回り高野山に墓をつくってもらって信長たちと並んで空海のそばで安眠したというような50、60年にわたる人生を描くのと同じである。うたたねの間の夢は、自身の一生の夢であったとしても、それを現実と錯覚することはない。
【4-3.浦島の異時間と、夢で死者に感じるそれとの違い】時間について、ひとは、記憶で過去を描きだすとともに、未来方向への時間を想像・予期をもって描く。通常は、予期の範囲内になっている未来であり、それへの構えを作って対処しているが、それが、意外にもそうなっていないと、戸惑い、これに驚くこととなる。浦島は、故郷の記憶更新がない状態で帰郷した。いうなら昨日の今日という状態なので、故郷は変わってないと予期している。だが、それが大きく変貌していて予期を覆し、驚かされることになる。逆に、あの世のひとの夢では、死後何十年も経っていて年をとり変わっているはずとの通常の予期のもとで見たら、まったく昔の姿のままで、変わっていないことに驚かされる。その奇怪な異時間は、浦島では、長い旅とか長期の隔離の終わったところに生じる。だが、夢の中の死者では、その出会いの瞬間にその異時間を感じさせられることになる。
その異常な時間への関与という点では、あの世のひとの夢では、自分は夢見ているだけで、あの世のひとの異常な不変・不老の状態に、あの世の時間のなかに、巻き込まれているとは感じない。自分を含めて、夢に登場する身近な生者は皆年を取って現れているのに、あの世に行ったひとは年取らないのだなと、傍観者として観察するだけである。だが、浦島の方は、自身がその奇怪な状態に巻き込まれていると感じる。同じ時空に立っているはずなのに、自分の時間が二重になっていると感じて動転させられる。皆が自分の知らない間に何かをしていて、自分は疎外され取り残されていると感じる。あるいは、自分がおかしくなっているのであろうか、変な世界にまきこまれているのではなかろうか等と不安になることもある。異常な時間展開を傍観者として眺めて過ごすわけにはいかない。自身がその異常な時間の体現者となる。
浦島的異時間は、異常な時間展開の途上では、これに気づかず、それの展開を終えて故郷に帰り振り返ってそうと分かることになるが、この、長い疎隔状態から解放されたとき抱く帰郷時の異常な時間感覚は、そう長くは続かない。それが錯覚であることには、浦島では、すぐに気づくことになるのが普通である。故郷の人たちが、現実が、日々それの錯覚であることを自覚させていく。だが、夢であの世にいった者が年取らないことは、あの世という別世界を信じている者では、その信仰心を共有する人たちの間ではあの世の不老不死を当然とした言動をとることもあって、錯覚とは思わないで、あの世の永遠を信じ続けることになる。浦島体験では、その現実が、異時間感覚の錯覚であることの反省を迫るが、死者の夢では、それがないので、夢見るたびに、あの世の永遠という思いを深くしていくことになりかねない。死者は、変わりようがない。何度見ても、不老不死で現れて、永遠の世界であることへと一層思いを強くしていきかねない。
浦島もあの世の死者も、時間を成り立たせる記憶更新のないことが奇怪さの原因である。が、記憶更新ゼロになる理由は、浦島では、自分がその世界から出ていき疎遠状態を作ったことにあり、あの世の人の不老不死の方は、あの世に行った人の方が消えていってしまったことに原因がある。浦島では、故郷全体が消えていって記憶のうちに固定して不変となってしまうが、あの世の場合は、死んだ人のみが消えて固定して不変となっているのである。浦島の場合、異時間発生の原因は、自分(が長旅に出たこと)にあるが、あの世の場合、死者(が冥土へと旅立ったこと)にあるわけである。
異常な時間の広がり、範囲の点では、あの世にいった人の場合、その死者だけが、変わらないということで異常なのである。あるいは、死者に限らず、長く会ってないひとのことを想起したり夢に見る場合もそうだが、そのひとだけが年取らず、変わらないで現れる。自分や周囲はみんなその年月分変化しているのに、その夢のなかに現れた死者とか長く会っていない人物のみが変化せずということである。自分の頭の中で現在の同級生の集合写真を作ってみたら、死んだ友、卒業してから長年会っていない同級生だけは、卒業時のまま、死ぬ時までの姿で若々しく写っている。だが、浦島体験の方は、異常なのは、長く留守にしていた故郷の人全員がそうであるのみでなく、よく見ると、山も川も故郷のすべてが留守にした時間分変化しているのである。自分が昨日の今日と思っているものすべてが、実際には長い時間の留守分の変化を見せる。家族が一挙に10年年取ったと奇怪に思ったが、裏庭に植えたばかりだった栗の苗木は、もうたわわに実をつけており、10年の年月を感じさせずにはおかない。異時間感覚は、自分の故郷に関する記憶更新ゼロによる錯覚であると多くの現実が語る。
【4-4.浦島の異時間と、夢で死者に感じるそれとの同一性】時間に関わる異常なものとしては、通常の夢のように、時間的継起の秩序を破壊していて時間自体を無視した、支離滅裂に異常なものがある。あるいは、一寸法師やかぐや姫の成長のように、時間自体は通常の継起の速度にありつつ、そこでの通常に比しての遅速をいうものもある。これらと、ここで問題にしてきた浦島と死者の登場する夢での奇怪な時間異常とは、異なる。浦島も死者の永遠も、時間自体は支離滅裂の夢とはちがって、過去から未来への継起の秩序をふまえるし、かぐや姫のように一つの時間継起のもとでの異常な速度をいうのでもない。その時間自体の速度が、自分たちの世界と異世界で根本的に異なることを語る。時間という継起の秩序を有した、進み具合にちがいのある二つの時間の間で生じた奇怪さを扱うものになる。
浦島の異世界(竜宮)と死者のあの世での時間異常は、どんなところでも本来同一の、ひとつのはずの時間について、異なった二つの時間、二つの継起の秩序が見出されることにある。それは、いずれも、一方では、通常の世俗の時間が展開していて、他方に同時にその同じ場面に、別の継起の秩序をもった時間があることである。その別の時間とは、端的にいえば、時間の停止、時間展開がゼロに留まるという事態である。あの世にいった死者が夢にでてくるとき、生きている者の登場するのと異なり、死者は、死んだ時点から、あの世で過ごしている時間のもとでは、一切年取らず、いつまでも死んだ日までの若い姿で登場する。つまり、あの世に行ってから時間がストップした状態に、時間展開がゼロに留まる。あの世の不老不死の時間が、この世のひとの夢に現れて奇怪さを感じさせるのである。同じように、浦島体験でも、故郷のひとの時間展開は、旅の間、ゼロに停止したままである。帰郷時、そのゼロの時間、つまり昨日の今日のはずと感じている時間があり、他方には、旅の間の時間展開がある。その時間停止と時間進行の二つが帰郷時には見られて奇怪な異時間体験をもつ。あの世のひとの場合も、浦島体験でも、一方に通常の時間展開があり、他方で時間が停止し無時間となっているのである。
浦島の場合も、死者のあの世の時間異常も、その根本は、一方の時間展開がまるでゼロになっていて時間的進行のないことであるが、それは、記憶の更新がないということに基づいている。時間の進行、その過去の時間の把握は、記憶をもって成り立つ。記憶がない状態では、時間における過去は成立しない。時間が流れていることは、今が過ぎていくことは、さっきの今は、もうないのだから、記憶されない限り、単に無、ゼロになるだけである。昨日も一昨日も、記憶がないと成立しない。昨日の記憶がなければ、あるいは一日中眠っていてなにも意識に残るものがなかったなら、昨日という一日は無となる。その眠りとか昏睡状態が長期になった場合、その間は、なにも記憶がなくなり、目覚めたとき、「さっき寝たのだが」と時間は無になるはずであろう。記憶が時間の自覚を可能にする。その記憶の更新がひとつの領域においてゼロになるのが、浦島(の故郷)とあの世の死者である。浦島では故郷については、旅立ち以降記憶更新はない。帰郷時には、その記憶更新ゼロのまま、昨日のように旅立ちの日を感じて帰郷時をその翌日のように感じる。時間更新ゼロである。死者も同様である。死んで以降は、記憶の更新は停止する。若くして死んだならその若さのままで、それ以降の記憶更新は不可能である。死んで以降も夢に出てくるが、周囲の生者は、夢でも現実でも時間のもとでどんどん変貌していくのだが、死者だけは、記憶更新なく時間ゼロで、若いままとなる。
この記憶更新ゼロの状態は、長い眠りとか、世俗からの隔離(現代見られるものでは刑務所とか洞窟や建物への長期の閉じ込めあたり)、長い間あっていない人などでも生じる。メルヘン(昔話)では、この記憶更新ゼロに基づく時間異常を種々に語るが、大きくは、浦島的なものとあの世の永遠に類したものの二つに分類することが可能であろう。浦島的なものとしては、異境に迷い込んで奇異な時空間に遭遇するものとか、眠りつづけて時間停止状態になる「眠り姫」のようなものがあり、塔とか洞窟に閉じ込められて世間の時間的変動から隔離されこれを無として記憶更新ゼロとなっていた話等があがるであろう。他方、死者の永遠という一点の記憶更新ゼロの方は、夢に出てくる死者の話、天国や地獄に関わっての話があり、現実のなかでは、長くあっていない人とか、ずっと昔の記憶しかないところとかに持つことになる。さらに、この世界での不老不死とか異常な長命という話も、死者に準じた永遠の時間の話になるともいえる。ほかのものはどんどん変化しているのに、一つのもののみは、いつ見ても不変であれば、記憶更新なしではないが、新規の更新内容はなしとなり、実質的には記憶更新なしと同等となって、あの世のひとの不変・不老不死に近くなる。古池の大蛇が不死にみえ、八百比丘尼や常陸坊が何百年もの長命であるのは、(本当は入れ替わっているのに、それが分からず)記憶内容が常に同一に留まることで、いつ見ても変わらない夢の中の死者の記憶更新ゼロに似たものとなっていることに起因する。
浦島異時間体験とあの世の死者の永遠の体験は、区別されるが、ひとつにすることもできよう。あの世的時間異常も、その長く会ってない人とか場所に実際に出会えれば、浦島体験になる。浦島体験も、帰郷せず、故郷の人を想起する段階では、時間ゼロのままで、旅先の人と並べて想起するときは、あの世のひとと同じく、故郷の人のみが変わらない姿で登場することである。その記憶更新・進展のゼロと、他方で継起して展開する一般的な時間の二つの時間が浦島とかあの世の時間になるとすると、記憶更新0ではないが、時間(記憶更新)が一般には10進んでいるのに、5とか2しか進まないものとか、逆に20とか50のスピードで進むものも、別種の時間異常とみなしていくことができる。成長の遅速が顕著で異常な一寸法師とかかぐや姫、あるいは、動物の世界に入り込んでの急速な時間展開等は、これになる。記憶更新ゼロの浦島やあの世の永遠の場合は、この世の現実にはないことなので、その奇怪さに好奇心をかきたてられるが(錯覚ではあるが、現に閉じ込められた者の体験談ではあることで、時間という世界の根本形式についての奇怪な(錯覚)体験として、興味がそそられる話となる)、遅速では、その奇怪さはない。面白さという点では、劣る。が、現実的なことという点では、つまり、錯覚ではなく、これは、どこにでも現に生じていることであるから、真実という点では、遅速の時間異常の物語の方がまさる。
一寸法師のような遅々とした成長のもとでは、一般の時間が10進むのに比して2とか3の速度で、停滞した状態が続く。八百比丘尼とか常陸坊のような話は、何百年と生きた不老不死に近い存在として、時間展開ゼロではなく、ゆっくりとのんびりと進むもの、あるいは遅々として進まないものと見ることもできよう。現代でいえば、遅々として時間が進まないものというと、長期の療養とか、引きこもりが目に浮かぶが、そういう、一般的な生から引き離された生の時間的停滞では、それからもとの社会にもどったとき、世界の激変を見るだろう。停滞し、希薄化しゼロに近くなった自分の時間と、客観世界の無慈悲に過ぎゆく継起の秩序の時間である。引きこもった者がそとに出たときには、激変している世界の急速度の時間の流れに戸惑うことになるであろう。時間の奇怪さということでは、浦島には、到底かなわないが、身近にある現実的な時間異常を語るものとなる。そういうのも異時間の話ということであれば、我が国の昔話では、かぐや姫、一寸法師とか、三年寝(ものぐさ)太郎などが想起される。時間展開の異常を語り手も聞き手もあまり意識することのない桃太郎なども、急速な成長をしたのであり、時間異常を示す昔話の中に入ってくることとなろう。
(終わり)